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読書中断中 神々の沈黙 ジュリアン・ジェインズ
副題、意識の誕生と文明の興亡。600ページ近い大冊、いつ読破できるか。

読書中 地球情報地図50 アラステア・ボネット
副題、自然環境から国際情勢まで

読書中 1968年 絓秀美

言うまでもなく、労働組合とは、反資本主義的なものというよりは、資本主義を支える必須の構成要素であり、労働者を労働者として規律/訓練するシステムである。それゆえ、賃上げ交渉から労働条件改善要求まで、労働組合の役割は本質的に労使協調以外ではなく、それが資本をこえることはありえない。だからこそレーニンは、労働組合は「革命の学校」と見なしたが、しかし同時に、労働者の自然発生性は、それ自体では革命に到達しえないとも言ったのだ。そして、それが自治的な「革命の学校」であることさえ疑われ始めたのが、六八年なのである。(p.38)
「大学の大衆化」とは、単に、大学生が増加したということを意味しない。その意味であるならば、六八年も含めて一九六〇年代の大学生は、中卒・高卒にくらぺて、いまだに少数派にとどまっていた。だが、「大学の大衆化」とは、大学がもはや規律/訓練をほどこした労働力を育成しうる場ではなくなり、「大衆」を輩出するところとなったという意味である。そして、そのような場から、六八年が可能になるのである。(p.68)
高崎経済大や近畿大などの「民主化」要求とは、学生運動という「遊戯」を許さぬ大学に対抗する闘争ではなかったであろうか。そして、そのような側面が六八年に継承される。事実、東大、日大闘争に端を発して全国に波及する全共闘(全学共闘会議)の運動は、確かに、さまざまな要求を掲げはしたが(しかし、学費値上げ反対は「六八年」の中心課題ではなかった)、基本的には遊戯であり、「闘争のための闘争」であったと言えるのである。しかし、「闘争のための闘争」――それは、資本主義の脱構築的な運動に依拠することである――によって、資本主義は破棄されることはない。それは、五五年体制の成立から六〇年安保にいたる過程において、「反米愛国」的ナショナリズムから「太陽の季節」的、ブント=全学連的なナルシシズム=ナショナリズムヘの転換が、資本主義の力によってなされたナショナリズムの枠内でのものであったのと同様である。その決定的な矛盾を抱えていたのも「六八年」だったのである。(p.69~p.70)


★★★ <いのち>とがん 坂井律子
NHKの要職に就いていた著者が、50代で膵臓がんになり、その経緯を自ら書いた本。2016年春に病気が判り、手術をして、抗癌剤治療を受け、その副作用に苦しみながら、前向きに戦っている。戦うという言葉は適切ではないように思うが、他の言葉が見当たらない。元々医療関係の番組にも関わっていたようで、知識もあり、人脈もあり、戦いは行動的である。しかし、二度目の再発が2018年春に起こり、そこから半年ほどでこの本を書き上げたとのこと。本には書いてないが、今年になってお亡くなりになったようだ。著者がまだ若いということもあるが、このエネルギーはどこから湧いていたのだろう。
今日は時間がないので、ここまで。

★★ まるわかり「仏像図鑑」 エディキューブ仏像と寺を楽しむ会〔編〕
昔から仏像に興味があり、様々なもので断片的な知識を得てきたが、忘却という作用もあってほとんど身についていない。偶々この本を見つけ、読んでみたが、認識が深まったとは思えない。実際に仏像を見ながら理解しないと行けないのだろう。それに、そもそも仏教のことをもっと知ることが必要だと思った。
以下メモ:
誕生像、苦行像、説法像、涅槃像。
如来、菩薩、明王、天。
釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩、八部衆など。
阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩、四天王、二十八部衆など。
薬師如来、日光菩薩、月光菩薩、十二神将など。
大日如来、般若菩薩など、五大明王、八大童子など。
多聞天(四天王の一)=毘沙門天(七福神の一)

★★ 食パンをもっとおいしくする99の魔法 パンラボ池田浩明
著者は朝日新聞デジタルに<このパンがすごい!>という連載記事を書いています。美味しそうなパンの写真は勿論たくさんありますが、その文章表現がとても素晴らしい。すぐに食べたいと思う、しかし、紹介されているパン屋は日本の彼方此方、そう簡単には行けません。それでも旅行した時いくつか訪問しました。山口県の、Pois 1213(こちら)<リンク先は私のブログの記事です>。福岡県の、パンネスト(こちら)/パンネスト&レーブ・ド・ベベ(こちら)。熊本県の、高岡製パン(こちら)。京都市の、 ナカガワ小麦店(こちら)、 ル・プチメック(こちら)〔このお店は新聞で紹介されたのではなく、店主が著者と親しく、一緒にサンドイッチの本を書いたりしているので行ってみました〕。広島で紹介されたのは、ドリアン(こちら)だけ。ついでに、ドリアン関係のブログ記事は、ドリアン船越本店(こちら)、サン・マルセラン(こちら)、ドリアン復活(こちら)。
閑話休題。
そんな人が書いた本なので、食パンを美味しく食べようと読んでみました。「読む」という本ではなく、本来読書記録に載せるものではないのですが、まあこれも一応記録しておこうということです。誰でも簡単に、どこでも手に入るもので、体にいい素材、どこの家にもある道具を使って、が食パン魔法学校の校訓4カ条 (p.4) だそうです、しかし、いくつか作ってみましたが、そう簡単ではありません。これから少しずつ挑戦してみようと思います。そのために、この本は図書館で借りるのではなく、購入しました。

★★★ 日航123便 墜落の新事実 青山透子
副題、目撃証言から真相に迫る。
1985年8月12日に起こったこの事故について、事故機のクルーと同じグループの客室乗務員が2017年に書いた本。後で知ったが、2010年に、天空の星たちへ―日航123便 あの日の記憶、と言う本を書いていた。その本とこの本の関係は本文中で少し言及されているが、読んでいないのでなんとも言えない。まあ、この本が7年後に書かれているので、新たに判ったことも含めて書かれているのだろう。
はじめの方は事故の(客観的)説明。元職員なので、日航職員の献身的活動も記述されている。最も印象に残ったこと:
スチュワーデスから地上職へ移り、東京支店旅客販売課にて女性課長の先駆者として頑張っていたM・Ⅰさん(五十四歳)も世話役になり、一か月間遺体安置所で遺族との交渉や遺体の確認を行った。当時十九歳の娘さんに「大変な業務なの」と電話をかけていたが、十月十一日、突然くも膜下出血で死亡した。事故直後に世話役をした社員の中には体調をくずした者も多く、その様子を見た外国人記者は、日本の航空会社の社員はここまでするのか、と驚き、欧米で同じような事故があったとしてもその対応はまったく異なり、常識では考えられないという様子だった。実際に世話役をした人と現場を知らない人では同じ社員でも温度差が大きかったと記憶する。それにしても、お客様を救うことを第一に考えて、自分の職務を成し遂げて亡くなった客室乗務一員を想うとあまりにつらくて悲しい日々だった。(p.73)
その後、副題にあるように、目撃証言を中心に、様々な事実を組み合わせ、事故原因を推論する。以下は、当時の運輸大臣・山下徳夫が著者の一冊目の本を読み会いに来た時の話。
大臣という地位にあっても、すべてを正確に把握できる環境になかったのかもしれない、そう強く感じたのは、山下氏の別れ際の二言だった。「あのね、日本は何でもアメリカの言いなりだからね。遺族が再調査を望むのであれば、ぜひすべきだと思う」/ここでもアメリカが出てきた。これがどういうことを意味するのかはわからないが、この言葉は山下氏の良心から出た五百二十名へのメッセージだったと確信する。(p.99)
著者は、結局断言はしていないが、事故にはアメリカと日本(政府)が大きく絡んでいると思っているようだ。
多くの疑問が残る日航123便墜落事故について、私たちが忘れてはならないことは次のことである。あの日、まだ日の明るいうち、墜落前の日航123便を追尾するファントム二機を目撃した人たちがいる事実。日航123便のお腹付近に濃い赤色のだ円や円筒形のような物体が吸着しているよケに見えた事実。/墜落現場付近の人に目撃された真っ赤な飛行機の存在。検死した医師たちが見た、凄惨な遺体状況や炭化した遺体への疑問。さらにいまだに引き揚げようとしない海底に沈んだままの機体の残骸。/これらの点を繋ぎ合わせていくと見えてくるものがある。それが私たちに大きなメッセージを持って伝えようとしているのである。そしていまだに事故原因や救助活動に納得できない人たちがいるのだ。(p.187~p.188)
この事件で命を落とした人々への供養は、まだ生きている関係者が「真実を語ること」、それだけである。そして私たちに出来ることは、長い歴史の中で一時的な政権に惑わされることなく、それぞれの場でゆがみのない事実を後世に残す努力をし続けることではないだろうか。(p.190)
正直に言って、私には、著者が事実と言っていることが本当に事実なのか判らない、全面的に信じられない。しかし、充分にあり得ることだとも思う。この本に挙げられていることを、どこか(国土交通省?)がきちんと調査すべきではないか。

★★ 死と生 佐伯啓思
著者の名前だけは知っていた。経歴を読むと、実に多方面で活動している。この本の内容も多岐にわたるが、東洋と西洋の違い、特に宗教についての記述が多い。最後はまるで仏教書のようである。もう一つ、この本は雑誌に連載されたものを加筆改編したもの、なので、一定期間をおいて読み進めばあまり気にならないのだろうが、繰り返しの多いことに少々ウンザリした。でもまあ、内容的には共感できることが多い。タイトルが、「生と死」という順番ではなく、「死と生」なのが、大きなポイントになっている。
ユダヤ・キリスト教のような強力な一神教が支配し、人間の存在意義も、基本的にこの絶対神によって規定されてきた社会では、信仰か対決か、という態度決定が不断に要請されてきたという事情はよくわかります。これに対して、もともとアニミズム的な自然信仰があり、その発展としての神道的儀礼があり、仏教諸派があり、それらが神仏習合した日本では、特段の宗教的意識を自覚する必要はなかった。習俗として生活に根づくと同時に、特段の意識化作用も生じなかった。深い信仰も要請されなければ、厳しい対決も要請されなかったのです。したがって、そもそも、欧米の一神教のような絶対神を基準にして、日本人は宗教的か否かと問われても、われわれとしては答えようもない。「宗教」という言葉で理解しているものが違っているのです。(p.158)
創造主としての神であれ、アリストテレスのいうような個物であれ、ともかく、「存在」から出発し、その意味を尋ね、さらには、その「存在」を分類したり、そこに法則性を見つけたり、ついには存在を増殖させたり、人間の理性と意思によって作り変えたりしたのが西洋思想であり文化であり社会だった。それに対して、よかれあしかれ、日本人は「無」の方をより本質だとみた。何かがそこに「有る」ことは決して自明なのではなく、むしろ、様々な要素の偶然の帰結としてそこに現れている、という感覚がわれわれにはあります。永遠に属するのは「存在(有)」ではなく「無」の方なのです。すべての存在物は、「無」からでてやがては「無」へと戻ってゆく。時間は「無始・無終」であるといってもやはり「無」です。ものは、そこにあって個物として確固たる質量と形をもっているのではなく、常にゆらめき、無へ向かって運動しており、無にさらされて脆くもはかないものだ、という認識が強くでてくる。したがって、万物は生々流転し、決して一所に留まることなく、確固たる姿形をとどめない。生み出されたものは、やがて時間とともに姿を変え、朽ちてゆく。生命あるものは、いずれその生命を枯渇させる。いわゆる無常観やはかなさに日本人が強く惹きつけられたのは、「有」ではなく「無」にこそ本質をみたからでした。(p.186~p.187)
「生も死も無意味だ」から出発して、その「無意味さ」こそが、自我への執着を否定したうえで、現実世界をそのまま自然に受け止めることを可能にするのです。われわれは、草木のように土から生まれ、また土に戻ってゆき、そしてまた別の命が芽をだす。すべての存在がこうした植物的な循環のなかにあることをそのまま受け止めるほかありません。不生不死とは、生まれたものは死に、次めものがまた生まれるという植物的で循環的な死生観をいい換えたものといってもよいでしょう。生も死も自然のなかにある。そこにおのずと生命が循環する、ということです。この自然の働きに任せるのです。とすれば、われわれは特に霊魂はあるのかないのか、あるいは来世はあるのかどうか、などということに悩まされる必要はない。確かに、生も死もどちらでもよい、などと達観することはできません。しかし、この達観に接近しょうとしたのが日本的な死生観のひとつの大きな特徴だったのであり、それは現代のわれわれにも決して無縁ではないでしょう。(p.218~p.219)

★★ 天才はあきらめた 山里亮太
南海キャンディーズの山ちゃんが書いた本。何かの書評で高評価だったので読んでみた。そこそこ面白かったのだが、この世界に疎く、判らん固有名詞がたくさん出てきて、充分楽しめなかったのではないかと思う。そもそも南海キャンディーズを知っているとは言えないので、そのような人間が読むものではないのかもしれない。人は心の奥底に様々な感情を秘めていて、普通表に出さないのだが、この本ではそのような中でも、どす黒く醜い心の動きを赤裸々に明かしている、ということが評価されていた、と思う。確かに、そんなことまで書くか、という内容も多くあるが、全ては計算されていると感じた。結局、山ちゃんは天才にないたい、天才と呼ばれたい、のではないか。この本は、12年前に刊行された「天才になりたい」を改題し、大幅に加筆・修正したものなのだ。

★★★ ミッションスクールになぜ美人が多いのか 井上章一・郭南燕・川村信三
タイトルがあざとい。でもまあ、羊頭狗肉、にはなっていない、と思う。第一章は、井上章一による、プロテスタント校はあなどれない――読者モデルを量産するわけ。この章は、ファッション雑誌の読者モデル(一昔前の話?)にはプロテスタント校の女性が多いということが述べられている。ほぼそれだけ。第二章は、郭南燕による、ミッション系大学の成功――なぜ女子アナの多数を占めるのか。ここから徐々に面白くなる。少し読ませる内容になっているといえる。
日本神道の代表者である天皇家は、昭和期から平成期にかけて、キリスト教の教育に濃厚に彩られている。日本の国民はこれを意識的、無意識的に認知している。しかも、この神道・キリスト教の仲良い共存に特に違和感を覚える人は少ないようである。皇太子との成婚が報道された時、正田家のクリスチャンの家庭と教育が注目されたが、宮内庁は「洗礼を受けていない」と繰り返していた。洗礼を受けたかどうかの事実は別として、美智子さまはカトリック系の信者と変わらない教育を受け、それについての関心を持ち続けていることは、今日までのさまざまな活動から垣間見ることができる。(p.122)
日本の人口は一億二六七〇万六千人(二〇一七年一〇月現在)だが、宗教信仰者の総数は実際の人口数より多いという面白い現象がある。文化庁編の『宗教年鑑 平成29年版』によれば、神道系信者は八四七三万九六九九人(人口の六六・九パーセント)、仏教系信者は八七七〇万二〇六九人(六九・二パーセント)、キリスト教系信者は一九一万四一九六人(一・五パーセント)、他の諸宗教は七九一万四四〇人(六二一パーセント)。神道と仏教を合わせた信者数は、一億七二四四万一七六八人で、日本人口数より約五千万人も多い。つまり、日本人の半数近くは二つの信仰をもつ「ダブル信者」だ。しかもほとんどの人は信者になるための灌頂(かんじょう)、出家、イニシエーションなどの儀式を受けたわけではない。あくまでも自意識のレベルである。一方で、文化庁文化部「宗教関連統計に関する資料集」(二〇一五年)にある二つのデータは興味深い。一つは、宗教信仰の有無について、一五九一人の回答者のうち、七二パーセントは 「信仰なし」と答えている。もう一つは、「宗教的な心」を大切に思うかという質問に対して、六六パーセントは「大切だ」、二一パーセントは「大切ではない」、一〇パーセントは「わからない」、という。つまり、複数の信仰を都合よくもち合わせ、「宗教的な心」を大事にし、特定の宗派には帰属していない。仏教と神道を信仰する「ダブル信者」は、この六六パーセントに入っているだろう。 <略> しかし、日本の「ダブル信者」たちは間違っても、クリスチャンとは自称しない。キリスト教は厳然と存在する「宗教」で、「クリスチャン」になるための洗礼を受けていなければ、そのように自任できないという常識くらいは持っているのである。面白いことに、ふだんは教会を避けて通る人でも、結婚式となると、教会で挙式しょう、知人の教会式に参加しょう、となる。たとえ数時間でも、仏教、神道、キリスト教の「トリプル信者」となる。カトリック教会は、結婚式を教会で挙げたい人びとの「宗教的心情」を大切にし、「少なくともこの時だけは、彼らも一種の求道者」で、「神ご自身がその人との出会いを望み、祝福しょうとなさっていることを告げる機会」としている(「日本のカトリック教会における非キリスト者同士の括楯式について」日本カトリック司教協議会・宣教司教委員会)。(p.137~p.138)
第三章、変遷するキリスト教イメージ――悲劇のカトリック受容史を見直す。第四章、「お嬢様学校」を生み出したカトリック――女子教育で人気の秘密。この二章は川村信三。
そもそも、「キリスト教の受容」とはいったい何を意味しているのだろうか。戦後まもなく、地方の、あるカトリック女子校の保護者が語った次の言葉に、考察すべき課題の出発点がしめされているように思う。
「娘に洗礼は受けさせたくないけれど、カトリックの学校には通わせたい」
つまり、ごく普通の日本人は、カトリック学校に、宗教(信仰)は求めないが、その文化(習慣)は受け入れてもよいと本音で思っている証拠だ。日本人の多くは、最初から、「宗教」と「文化」、あるいは「信仰」と「慣習」の二つをはっきりと区別していた。カトリックの教えは必要としないが、カトリックの学校の雰囲気と方法は大いに評価している。家の宗教に取って代わるほどのことはないが、キリスト教は学び取り入れる価値をあたえる存在ではあると認めている日本人は少なくないだろう。
(p.164~p.165)
「ワスプ」(WASP=ホワイト・アングロサクソン・サバーバン(郊外居住者層)・プロテスタント:White Anglo-Saxon Suburban, Protestant)(p.168) S が Suburban というのは初めて聞いた。
「宗教部分を抜いた」クリスマスが世間一般にとりあげられ、大騒ぎの祭りとなる区切りとなったのは、一九〇六年だと堀井<堀井憲一郎、『愛と狂潤のメリークリスマス――なぜ異教徒の祭典が日本化したのか』の著者>は言う。これ以後、クリスマスは「羽目をはずしていい日」として日本に定着していった。その原因はあきらかにロシアに対する戦勝気分であった。それまで西洋列強にいいように振り回されてきた三等国がキリスト教列強の大国ロシアに勝った、すなわち「日本は三等国ではなくなった」という思いが世間一般に行き渡った。これまで敬遠していたキリスト教文化を、キリスト教国並みになったと感じた日本人が、抵抗なく受け入れ始めたということか。つまり、日本はヨーロッパになろうとした。そのきわめてわかりやすい一例が「クリスマス」の世俗化だったのだろう。/そうすると、「世俗的」クリスマスはこれまで「キリスト教」に対していだいていた偏見や遠慮といったものを次第にうすめる契機となった。これは、「邪教」から、「貧者に寄り添う」というカトリックのイメージから、さらに「諸外国と結びつく契機」であるととらえる心情を後押ししたということである。(p.217)
結局のところ、いつもの日本人論になってしまったようにも感じるが、面白く読めた本でした。

★★★ ごみ収集という仕事 藤井誠一郎
副題、清掃車に乗って考えた地方自治。
地方自治・行政学・行政苦情救済、を専門とする大学の教員が、九ヶ月の清掃現場体験を通して考察した、清掃行政の現状と展望について書いた本。
乱暴に著者の主張を要約すると、ごみ収集を経費節減のため委託にすると、大切なものが失われる、ということ。読むと確かにそうだと思う。実際に働いて経験したことを織り交ぜながら説明されると説得力もある。変な比較になるが、買い物をスーパーでするのと専門店でするのとの違いだと思った。つまり、付加価値が有るか無いかの違い。区の現業職員は地域の実態をよく知っているので、
ごみ収集だけではなく、それに伴う様々なことにスムーズに臨機応変に対応することが出来る。さらには、今後の活用方法として、それを地域サービスに生かすように出来る可能性が大きい、ということが著者の展望である。
読んでいて驚いたのが、ゴミ出しルールを無視している場合が多いということ。これへの対応も委託の場合難しいようである。
ゴミ処理について、地方行政について、得るところ大の本だった。ただし、主に書かれているのは新宿区のこと、東京の他の区とも違いがあるようで、ましてや地方とはかなりの差があるだろう。自分の住んでいるところの実情についても知りたいと思った。

★★ すごいトシヨリBOOK 池内紀
著者はドイツ文学者、カフカの専門家、ということは知っていたが、1940年生まれの高齢者とは思っていなかった。なので、本の内容が予測とはかなり違っていた。でもまあ、楽しく読ませて頂きました。
最初に「あとがき」からの引用:
ある日、小さなノートを用意してメモをとり始めた。老いの兆候、歴然とした老いのしるし、見すごしていた微妙な変化……長く生きてきたからには、せめて老化という心身劣化の過程をまじまじと見ておきたい。それが身におびた時間の意味深さだと考えた。/ささやかなノートに、いつのまにかメモの紙片が束になるほどはさまっていた。そのことを、ある人を偲ぶ会で話したところ、編集者から、それをまとめる方向で改めて話してもらえないかと言われた。ノートには「すごいトシヨリBOOK」とタイトルをつけていた。(p.211)
これがこの本の誕生の経緯。ということで、全体として統一のテーマがある訳ではない。生き方(生活)指南的な内容があり、老婆心という感じもした。下に引用するように、人生の終わり方の考察も多く、歳を取ると皆このようなことを考えるのでしょう。
今、一番の問題は延命治療です。あれを治療とはとても言えないと思いますが、いったん延命の措置を執ると病院も医者も装置を外せません。当人も願わないし家族も願わないにもかかわらず、何の意思表示もできないまま、何年も生き続けることになる。日本の平均寿命を延ばしている理由の一つには、そういう人たちが非常に多いことがあります。しかも、それは病院にとっての大きな収入源になっている。果たして、延命治療をしてまで自分がこれ以上生きたいかどうか、常に自分に問いかけることは重要です。生まれてきたのは自分の意思ではありません。死ぬのも自殺以外は、自分の意思ではない。自分の人生が、自分の意思で生まれてきたのでないのなら、最期に自分の意思を働かせて結末をつけるのは、非常に意味のあることだと思います。(p.98)
そういう措置(延命措置)に至る前に、周囲と当人が「そういう治療を受けない、終末期医療を受けないで介護の状態で死を待ちますから」と言えば、医者のほうがそれを認めれば、それは通用します。当人と家族の意思、それを病院側に伝えて理解を求めれば、今はかなり患者側の権利、希望を受け入れるっていうことが多くなったようで、以前とはかなり違ってきたようですね。(p.198)
死を選ぶということも、もう、そろそろできるのではないでしょうか。法的なことは別にして、自分で自分の人生はここで、もう、けりをつけるという、そういう終え方があっていいんじゃないかと思います。これまでずっと、どんな生へ向かって、どんなふうに生きるかという選択をしてきた。最後はどんな死へ、どんな死に方をするのかという選択があっていい。僕は、風のようにいなくなるといいな。(p.209)
風のようにいなくなる、いいですね。

★★ 日本の気配 武田砂鉄
まずは「はじめに」のはじめを引用。
本書のタイトルは『日本の気配』である。なぜ、空気ではなく、気配なのか。空気読めよ、とは言われるが、気配読めよ、とは言われない。気配なんて読めないからだ。今、政治を動かす面々は、もはや世の中の「空気」を怖がらなくなったように思える。反対意見を「何でも反対してくる人たち」と片せば、世の中の空気ってものを統率できる、と自信に満ち満ちている。「空気」として周知される前段階を「気配」とするならば、その気配から探りを入れてくる。管理しようと試みる。差し出された提案に隷従する私たちは、「気配」から生み出される「空気」をそのまま受け流す。それは政治の世界だけに留まらず、メディアの姿勢にしても、個々人のコミュニケーションにおいても同様ではないか、とも思う。(p.4)
つぎは「はじめに」の最後。
本書は晶文社スクラップブックで連載していた「日本の気配」の原稿を方々にまぶしながら、これまで様々な媒体で記してきた原稿を編み直した一冊である。編み直したとはいっても、ほとんど書き直している。これまで、どうにも心地悪い日本の気配をほじくってきた、という少々の自負がある。掴むことができないのに、違和感がまとわりつく感覚。いったい、「気配=周囲の状況から何となく感じられるようす」とはどこで芽生えているのか。「何となく」を作り出しているのは誰か。空気読め、では見つからない、気配の在り処を見つめていきたい。(p.5)
つまり、本書は連載記事を集めたもの、なので、話題は多岐にわたり、まとまりがなく、それぞれはいいことを言っているのだが、印象に残らない。もう一つ、文章が、よく言えば凝っている、逆に言うと判りにくい。主語が曖昧なことがあったり、一文が長すぎて何回か読み直さないといけない時がある。面倒なので具体例は省略。
芸能界の話題も幾つかあり、ほとんどその方面に関心のない私には、どうでもよかった。
雑誌で週に一回読むのならばこの形でもいいのだろうが、一冊の本には何かまとまりが必要ではないか。幾つかにテーマを絞り、集中して考察を重ねるようにしたら、すごい本が出来ると思う。この形だと、なんとかの遠吠えみたいになってしまう。勿体ない。大変な下調べもしているようなので、著者には是非、焦点を絞った本を書いて欲しい。
最後に、読んでいて楽しい本ではあります。

★★★ 君たちはどう生きるか 吉野源三郎
1937年、吉野源三郎が書いた、日本少国民文庫の一冊。戦争に突入する時代に抗う性格を隠し持ったシリーズ、というか、児童向けの哲学書といえるか。2017年、漫画になって、元の本とともにブレイク。宮崎駿が、次の映画は「君たちはどう生きるか」というタイトルに知るといったとか。
こういうベタなタイトルの本は普通読まないのだが、映画や本の選択の参考にしているブログで大絶賛されていたので読んでみようと思った。15歳のコペル君という主人公が日々の生活の中で、経験を踏まえて生きるということについて考えるという構成、大学生の叔父さんのアドバイスが挿入されていて、良いような悪いような。主人公が主に学ぶことは、自己中心から人の繋がりへ、いじめへの対処、貧困について、ナポレオンと善良な一般人、友人への裏切りとそれへの対処、特にこの最後の問題に力が入っている。確かにどの問題も今でも考えなければいけないことである。この本の内容が、現在でも役に立つのか、私にはよく判らない。主人公の生活環境から考えて、上流階級の考え方が根底にあるように思われる。しかし、本が売れているということは、感動している人が多いということだろう。
本の最後は:
 そこで、最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。――
  君たちは、どう生きるか。
(p.299)
私が読んだ、2006年発行のワイド版岩波文庫の最後に、作品について(吉野編三郎)、『君たちはどう生きるか』をめぐる回想――吉野さんの霊にささげる――(丸山真男)、が付いていて、読み応えがある。

★★ なるべく働きたくない人のためのお金の話 大原扁理
著者紹介には次のように書かれています:
1985年愛知県生まれ。25歳から東京で週休5日の隠居生活を始め、年収100万円以下で6年間暮らす。現在は台湾に移住し、海外でも隠居生活ができるのか実験中。著書に『20代で隠居 週休5日の快適生活』、『年収90万円で東京ハッピーライフ』。
これからも判るように、「隠居」の意味が普通とちょっと違うようです。著者の言う隠居生活は、週2日働き、後は好きなことをすると言うよりは、嫌なことはしないという生き方だと思いました。はっきり言うと、私には著者の言うことがよく理解できません。論理的に破綻しているところがあると思うのですが、そこを追求する気力はありません。最後の第五章、お金と話す、お金と遊ぶ、というタイトルなのですが、お金を人格化していて、ぶっ飛んでいます。これは三冊目の著書、タイトルをお金の話としたためにひねり出したものとしか思えません。ただ、生き方としてはいいと思います。台湾ではどのような生活をしているのか。本が出たら読むか?

★★★ わたしの森に アーサー・ビナード/田島征三〔絵〕
本の最後に以下の記述:
この絵本は、新潟の森から生まれました
新潟県十日町市鉢集落に、廃校をまるごと「空間絵本」としてよみがえらせた、
田島征三の「絵本と木の実の美術館」があります。
アーサー・ビナードが鉢集落を2年にわたって訪れ、その雪国の
四季とくらしを体験しながら、田島征三とのコラボレーション
「カラダのなか、キモチのおく。」を制作しました。
作品は「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018」で発表。
この『わたしの森に』は、同じ生態系の中で発見した物語です。

アーサー・ビナードはアメリカ生まれ、大学で英米文学を学び、卒業後来日、日本語で詩作をはじめる、受賞多数。
広島在住で、雑誌などに面白い文章を書いてる。多分、そのどれかでこの本を知った。
わたしの 森に
こんばんも
雪が ふる

このように本は始まります。独特のオノマトペが興味深い。
まあんまあんまあんむんむんむんしんしんししんしんしーん、など。
「わたし」とは? 少しずつ明らかになっていき、答えは、「ま」「む」「し」。
メスのまむしから見た、森の描写、生の営み、が描かれています。
子供用絵本の体裁ですが、大人でも充分楽しめる内容です。