2018読書記録  17年 16年 15年                               
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次の予定 人間臨終図卷<下巻> 山田風太郎

読書中 1968年・グラフィティ バリケードの中の青春 毎日新聞社
毎日ムック シリーズ 20世紀の記憶、1998年11月発行開始、シリーズの第1回配本。全21冊なので、単年で1冊なのは3つだけ、1945年と1989年、そしてこの1968年。他の二つに比べると、ちょっと見劣りのするこの年、何故選ばれたのか、まあ私にとっては重要な節目、ということはベビーブーマー世代には印象的な時代の象徴、販売促進策?
いまの若い世代には、朝鮮人に対する差別や偏見はない、とよくいわれます。たしかに人種を問題にし、偏見を持つことは、正しくないという自覚は、若い教師や母親にとっても一般的な常識になっています。この自覚の根底には、人間平等の理念、ヒューマニズムが、この国にひろく根をおろしはじめた希望を感じさせます。(中略)『差別はしていない、同じ人間として尊重している』という善意が実は朝鮮人を朝鮮人として黙殺し、朝鮮人をそのものとして否定することですから、辱かしめられた朝鮮の子どもの自尊心は傷ついてしまいます。わたしには、むしろ、あからさまな軽べつよりも、この種の善意にこそ落し穴があるように思われるのです。それは朝鮮人として相手を受入れ、尊重することができない善意に、わたしは、むしろ差別や偏見から日本人自身が解放されていない不幸を考えるのです。(中略)善隣友好をうたった韓日協定は、この国の朝鮮人対策をあきらかにしています。それは『朝鮮人と日本人の幸福のために』、朝鮮人は『この国の社会に調和した存在になること、同化し、帰化してしまうこと』だとしています。(中略)今日、朝鮮人に対する日本人の差別や偏見の問題は『過去の不幸な歴史』の傷あとだけではない、こころの問題だけではないのです。この国の政策として再び朝鮮人が、朝鮮人としては生きられないように、たくらまれているのです。つまり、金嬉老や李珍宇のような、朝鮮人でなくさせられた“非朝鮮人”が、このさき、おびただしくつくり出されよう、というのです。(p.39) 1986.02.26 朝日新聞(朴寿南「ライフル男事件に思う」))

読書中 京都の凸凹を歩く2 梅林秀行

読書中 文明の帝国 杉本淑彦
副題:ジュール・ヴェルヌと」フランス帝国主義文化
「帝国主義文化」<略> 本書では、膨大な公的資金の投入が必要となる帝国主義による植民地支配を宗主国国民が是認するにいたった心性――この心性は、木畑洋一『支配の代償――英帝国の崩壊と「帝国意識」』(一九八七年)以来日本では「帝国意識」と呼ばれています――と、そのような心性を形成するべく植民地拡張論者が唱えた帝国主義イデオロギー、そしてそのイデオロギーを草の根国民レベルへ伝達する装置、の総体を指して使っています。研究方法論としては、イデオロギーを伝達し帝国意識を醸成させたゆえにイデオロギーと帝国意識を映し出す鏡でもある伝達装置に着目し、それが植民地帝国体制をどのような記号でどのように表象したのかを分析することが研究の中心となります。具体的には、伝達装置と目される新聞・雑誌、学校教科書、絵画・彫刻、音楽、万国博覧合などのイベント、広告宣伝、そして大衆文学などが研究対象として考えられるでしょう。(p.10) という訳で、ジュール・ヴェルヌです。
階級強調」という言葉、要研究。(p.18) あたり
仮想敵を悪魔かなにかのようにとらえる心性は、東西冷戦を経験し今はポスト冷戦時代に生きる現代人にとっては容易に理解できるもの、いや、イラクや北朝鮮に関するマスコミ報道にさらされている現代人にとって、理解しなければならないものかもしれません。(p.77)

★★★★ 東大VS京大 入試文芸頂上決戦 永江朗
著者が偶々赤本見てアンソロジーとして面白いと思った、のがこの本誕生のきっかけ。なので、体裁も赤本に似ている。そして著者が考えたことは、入試問題は時代を反映しているだろうと言うこと。ということで、この本は入試問題分析もあるが、力点はその時代との絡みである。出典とその作者の解説及びその時代とのつながり、問題作成者の意識と意図、受験生の反応(の予測)までいろいろと書かれていある。時として深読みに過ぎることもあるが、面白い。
いまでこそエッセイや小説を発表する女優は珍しくないが、60年ごろはまだそうでなかった。現代でいうなら、東大の入試問題に小泉今日子のエッセイが出るような感じか。いや1924年3月生まれの高峰秀子は、入試のとき35歳だった。小泉今日子というよりも、仲間由紀恵とか広末涼子、柴咲コウのエッセイが出題されるような感じだろうか。「女優が書いたエッセイ」という偏見なしに彼女の文章を出題文に選んだ東大の入試問題作成者は、後年の高峰秀子の文名を見抜いていたわけで、その眼力をほめるべきだろう。(p.69) 1960年の入試問題。
このくだり(高橋和巳の文章)を読んで思い出すのは、全共闘世代の若者たちが 「自分の地平」という言葉をよく使っていたことだ。遠く離れたところで起きる問題を、自分のこととして考え、行動するときの原理のようなもの。たとえばベトナム戦争は日本の学生に関係のないことだろうか。全共闘に批判的な人びとは、関係のないことだといったけれども、しかしベトナムに向かう米軍機は日本国内の基地から飛び立っていったのだし、日本人が享受している経済的豊かさは朝鮮戦争やベトナム戦争などが間接的に影響しているのだと考えれば、決して無縁のことではない。それが高橋和巳の指摘する文学的想像力であり、冷酷と慈悲、無関心とおせっかい、卑劣と崇高の振幅のなかにある。全共闘世代の若者たちが共有していた感覚のひとつは、ベトナムや朝鮮半島をはじめとする低開発国、夢二世界の人びとに対するうしろめたさだった。あるいは日本国内でも公害病などの被害者に対するうしろめたさだった。(p.100~p.101)
1968年の京大入試問題は面白い。そしてこの面白さは、68年という時代の空気を反映しているように思える。受験生に自由に感想を書かせ、それに頭から冷水を浴びせるような皮肉な質問も混ぜる。出題者も解答者もともに楽しむような雰囲気が感じられる。全共闘の学園闘争は大学側と学生の対立という面だけでなく、教員と学生が共犯的に作り上げた祝祭的側面もあったのではないか。(p.114)
科学とは、私たち人間が自然を支配しようとする意志から生まれてきたものである。それはいわば、自分自身もとをたどれば自然の一部にすぎなかったはずの私たちが、みずからを自然からひき離し、自然の頭上に舞い上がってこれをはるか上方から支配し、操作しようとする倣慢な意志の産物であった。そして、この支配を合法化し、これに絶対的な権限を与えるために、私たちの頭脳が作り上げた非常大権ともいうべき律法が、ほかならぬ合理性なのである。(p.152) 入試に使われた、精神医学者の木村敏「異常の構造」の文章。
実のところ、ある詩人―作家の書いた文学作品が告げようとしているなにか、とりあえず内容・概念的なものとみなされるなにか、言いかえると、その思想、考え、意見、感情などと思われているなにかは、それだけで切り離され、独立して自存していることはないのである。<意味され、志向されている内容>は、それを<意味する仕方、志向する仕方>の側面、表現形態の面、意味するかたちの側面と一体化して作用することによってしか存在しないし、コミュニケートされない。だから<意味されている内容・概念・イデー>のみを抜き出して「これこそ詩人―作家の思想であり、告げられたメッセージである」ということはできないのだ。(p.235) フランス文学者・湯浅博雄の「ランボーの詩の翻訳について」から。
出題文の内容をかいつまんでいうと、オウムガイの成長線の数は1日に1本つくられ、隔壁はひと月に1個つくられると考えられる。ところが4億2000万年前から2500万年前にわたるオウムガイの化石を調べると、最古の化石の成長線は1小室あたり9本しかない。つまり4億年前はひと月が9日だったというのである。しかも、当時の月は、現在よりもうんと近いところ(現在の距離の5分の2強)にあったらしい。オウムガイはいまわれわれが見ているよりもはるかに大きく明るい月を見ていたのだろう (p.279) 松浦寿輝「晴天有月」から

★★★ 喧嘩両成敗の誕生 清水克行
読書予定リストに入っていた本だが、他に読むものがあったので後回しになっていた。つい先日、著者と高野秀行との対談を読み、挑戦することに。先の対談集に比べると、当然ながら、内容がかたく学術論文のようでもある。タイトル通り、喧嘩両成敗がどのように成立し、その後の進展を丁寧に書き進む。以下の引用を読んでいくと、本書の大まかな内容が判る、と思う。
「下剋上」という言葉が室町・戦国時代を語るうえでのキイ・ワードのひとつであることは一般によく知られているが、その「下剋上」の原因は、家臣の側の権勢欲や野心ばかりではなく、しばしば双六の勝敗のようなつまらない事柄であったことには注意をされたい。この時代の武士の間には、主従の間の上下の秩序よりも、みずからの自尊心や誇りを維持することの方がときとして優先され、それが「下剋上」を生み出す原因ともなっていたのである。(p.27)
ここまで落武者狩り慣行と没落大名屋形からの財産掠奪慣行という二つの慣行を追ってきて、読者にはそれがまるで本章の最初でみた南太平洋の「掠奪刑」とそっくりであることに、もはや気づかれたのではないだろうか。穂積陳重の理解によれば、罪を犯したことによりその者は法による保護の埒外に置かれ、事実上の財産権剥奪状態に置かれるのだという。そのため、その者の財産を何者が掠奪しょうとも罪に問われることはない、というのが「掠奪刑」を支えた論理であった。この説明は、ここまで見てきた室町・戦国期の二つの掠奪慣行についても、おそらく当てはまるだろう。すなわち、室町殿に叛き京都から没落した者は、法による保護の埒外に置かれる、であるならば、そうした法の庇護を失った「法外人(outlaw)」から財産やときには生命を奪うことは、なにも悪いことではない。中世社会では一般民衆のあいだで「盗み」はなによりも重罪と考えられており、それを忌避する意識はきわめて強かった。そうした社会にありながら、臆面もなく掠奪を繰り広げる室町・戦国時代の人々の意識のもとにあったのは、けだしそうした観念ではなかっただろうか。(p.92)
室町幕府の流罪とは、罪人の追放や拘束に意味があったのではなく、なによりも彼らを法の保護の埒外(らちがい)に置くことに最大の意味があったのである。もちろん、自力救済を基本とする中世社会にあっては、それは多くの場合、即「死」を意味した。(p.100)
メソポタミアのハンムラビ法典のなかの有名な一文「目には目を、歯には歯を」は、同害報復を認めた条文として一般にも広く知られている。ところが近年の研究の進展によって、この条文は決して復讐を奨励しているわけではなく、受けた損害以上の過剰な報復を相手に加えることを禁ずる意図のもとに定められたものである、という理解がむしろ通説になっている。つまり、片目を失った者がその報復と称して片目以上、つまり相手の両目を傷つけたり、まして命を奪うことはあってはならない、あくまで「目には目を」、という意味である。このように、同害報復の原則は、そもそも復讐を正当化する反面、その復讐に一定の制御を加え、過剰報復を抑止する側面ももっていた。同じことは、以下に見てゆくように、日本の室町時代の人々の衡平感覚についてもいえるだろう。(p.120)
そもそも人々の同害報復の観念が復讐を助長した反面、復讐に一定の制限をあたえていたという事実は、さきに例としてあげたメソポタミアのハンムラビ法典をはじめとして、中世ヨーロッパ世界やイスラム世界など人類史上においても普遍的に確認される現象である。こうしたことから考えれば、日本中世社会の衡平感覚や相殺主義も、それは一方で紛争の原因でありながらも、他方では紛争を収束させる要素ともなっていたと断言して差し支えはないだろう。そして、他でもない喧嘩両成敗法とは、当事者双方を罰することで、まさにそうした均衡状態を強制的につくり出す効果をもっていたのである。(p.124)
現代社会においては、黒白のつけられない決着、つまりは灰色の決着というものを政治的な取引や妥協の産物とみなして、少なくとも公的な場においては歓迎されることはない。しかし、どうも洋の東西を問わず中世社会に生きる人々にとっては「真実」や「善悪」の究明などはどうでもよく、むしろ彼らは紛争によって失われてしまった社会秩序をもとの状態にもどすことに最大の価値を求めていたようなのである。だとすれば、「折中の法」こそは、その実現のために生み出された当時の人々の経験知の産物といえるだろう。そして、その「折中の法」を生み出した背景には、当時の人々の心性に根づいていた衡平感覚や相殺主義に対する細心の配慮があったこともまた疑いないだろう。つまり、中世社会の衡平感覚や相殺主義は、喧嘩や復讐といった極限的な状況にとどまらず、中世の人々の思想の深部にまで、想像以上に深く根を下ろしていたのである。そしてまた、「黒白を明らかにしない」「玉虫色」「足して二で割る」という第三者にははなはだ不明瞭な解決法の多用が、現代にいたるまで良くも悪くも日本人の特質としてしばしば指摘されることを考えると、案外、その影響は、いまを生きる私たちにも決して無縁なものではないのかもしれない。(p.130)
大名たちは両成敗法を利用しながら、最終的には裁判というかたちで、両成敗法を成り立たせている人々の衡平感覚や復讐心を克服するみちを目指していたのである。たしかに「原則として喧嘩両成敗だが、攻撃をうけても我慢して訴え出た者は無条件に勝訴とする」という規定は、公正な裁判の実現という観点からすれば、まだまだ不十分な印象をうける。しかし、それは、あくまで裁判という選択肢にまだあまり馴染んでいない人々の足を法廷に運ばせ、大名裁判権を確立するための過渡的な措置であったというべきだろう。そのかぎりで、喧嘩両成敗法は歴史の進展に積極的な役割を果たすことになったのである。こうした試行錯誤を繰り返しながら、やがて歴史の大きな流れは「自力救済から裁判へ」という方向へ少しずつ向かってゆくことになる。(p.184~p.185)
著者の他の著書も読んでみようと思う。「日本神判史」、「耳鼻削ぎの日本史」など。

★★★ 京都の凸凹を歩く 梅林秀行
著者の肩書きは、京都高低差崖会の崖長、となっている。ブラタモリを見ている方ならピンとくるでしょう。「京都編」、「京都嵐山編」、「京都伏見編」の三回出演し、さらに「奈良編」にも出演するという常連さんです。この本では、プラタモリと重なるところもありますが、祇園、聚楽第、大仏(豊国神社に昔あったもの)、御土居、巨椋池、伏見指月、淀城、について書いてあります。個人的に興味深かったのは、円山公園の成り立ち、その奥の安養寺、豊国神社の歴史、巨椋池と伏見で秀吉がやったこと、です。続編があるようなので読んでみようと思います。

★★★★ 世界の辺境とハードボイルド室町時代 高野秀行 清水克行
高野はノンフィクション作家、「謎の独立国家ソマリランド」という本を読んでいたく感心した。清水は日本中世史が専門の明治大学教授、「喧嘩両成敗の誕生」など面白い本を書いていると聞いたことがある。この二人の対談、それも、ひどく畑の違う二人、面白いに違いない、読まねば。で、それぞれの広範な知識が、深い洞察力で掘り下げられ、凄く興味深い。一風変わったタイトルだが、高野が巡った辺境の地(?)と日本の中世が似ていると言うことを表していて、確かにそうだと思った。人間、何処でもいつの時代でも同じようなことをするようだ。

清水 五代将軍徳川綱吉が「生類倦みの令」を出して犬を殺すことを禁じたのは、かぶき者対策だったんじゃないかとも考えられているんです。かぶき者は辻斬りや犬でためし斬りをするような連中ですから、取り締まる必要がありました。そのために綱吉はあの法令を出したんじゃないか。戦国時代は百年も前に終わったのに、何をやっているんだというのが彼のメッセージで、そのためのシンボルが犬だったんじゃないかって、近年は言われていますね(参考:塚本学『生類をめぐる政治』講談社学術文庫)。
(p.56)
清水 日本語に「サキ」と「アト」という言葉があるでしょう。これらはもともと空間概念を説明する言葉で、「前」のことを「サキ」、「後ろ」のことを「アト」と言ったんですが、時間概念を説明する言葉として使う場合、「過去」のことを「サキ」、「未来」のことを「アト」と言ったりしますよね。「先日」とか「後(アト)回し」という言葉がそうです。でも、その逆に「未来」のことを「サキ」、「過去」のことを「アト」という場合もありますよね。「先々(さきざき)のことを考えて……」とか、「後をたどる」なんて、そうです。「サキ」と「アト」という言葉には、ともに未来と過去を指す正反対の意味があるんです。ところが、そもそも中世までの日本語は「アト」には「未来」の意味しかなくて、「サキ」には「過去」の意味しかなかったようなんです。/現代人に「未来の方向を指してみてください」と言うと、たいていは「前」を指さしますよね。でも、そもそも古代や中世の人たちは違ったんです。未来は「アト」であり「後ろ」、背中側だったんです。
(p/74~p.75)
高野 そうなんです。それでミャンマーに行ったとき聞いてみたら、やっぱり一般的に古米の方が新米より値段が高いとわかりました。
清水 高い理由は何なんですか。
高野 一つには清水さんのおっしゃるように古米の方が増えるから。もう一つは、おいしいから。
清水 古米がおいしいんですか。お腹が膨れるからというだけではないんですね。
高野 そこは違うんですね。コメの違いもあると思います。タイやミャンマー、それにインドもそうですけど、細長くてパサパサしたインディカ米ですよね。あれはパサパサしてるっていうのは日本人の感覚で、向こうの人にとっては軽やかなんですよ。だから水分の少ない古米のほうがさくっと軽やかでおいしいって感じるみたいです。新米はべちゃべちゃしておいしくないし、胃にもたれるという人もいましたね。
(p.105)
清水 よく言えばわかりやすい。悪く言えば単純な。
高野 議論の余地がありそうなところはもとから断ってしまうのが、イスラム的な判断だと思います。
清水 それで、お酒ももとから断たなきゃダメだと。
高野 コーランを読んでいると、そういう印象を受けますね。
(p.140)
高野 今でも庶民は税金を払わないのがふつうで、政府が取っているのは、企業の法人税とか、個人で所得の高い人の所得税、あとは関税とかなんですよね。個人の所得税をちまちま取ろうとすると、コストが合わないわけです。
(p.187)
高野 そのことを中古車輸出会社の社長に聞いたんですよ。そしたら「日本以外の国では、中古車の値段はそんなに下がらないんだ」って言うんですよ。「クルマの持ち主が代わった瞬間に、価格が六割に下落するなんていう国ほ日本しかない」って。
清水 へえ。
高野 二、三回転売されたクルマの価値ほほぼゼロになっちゃう。そんなのは日本独特の現象で、しかも日本人はものすごく丁寧にクルマに乗るから、めちゃめちゃ質のいい中古車がタダ同然で手に入る。だから、中古車を輸出するビジネスは日本でしか成り立たないんだと。

(p.288~p.289)

「喧嘩両成敗の誕生」、読んでみようと思います。

★★★★ さよなら、田中さん 鈴木るりか
著者は2003年生まれ。小学校4年生、5年生、6年生の時に、3年連続で小学館の「12歳の文学賞」大賞を受賞した。この本には、その4年生の時と6年生の時の受賞作が掲載されている。大幅に改稿、と書いてあるから、出版の時の2017年の作品と思った方がいいかもしれない。他3作品は書き下ろし。それにしてもすごい。とても中学生が書いたものとは思えない。4作品は母と暮らす小学生の娘が主人公。最後の、「さよなら、田中さん」はその女の子を男の子から見た物語。この作品の世界は、著者の世界とは全くかかけ離れたもののようで、驚くべき創作力。特に表題作は現代の様々な問題を取り込んでいて、ただただ感心するばかり。次回作を期待。それにしても、藤井聡太といい、恐ろしい中学生が出てきたものです。
自分とは、あまりにかけ離れている人、明らかに別世界の人は、嫉妬の対象にならない。同じようなレベル、階級の人に嫉妬心は生まれるのだ。(p.171)
悲しい時、腹が減っていると、余計に悲しくなる。辛くなる。そんな時はメシを食え。もし死にたいくらい悲しいことがあったら、とりあえずメシを食え。そして一食食(く)ったら、その一食分だけ生きてみろ。それでまた腹が減ったら、一食食べて、その一食分生きるんだ。そうやってなんとかでもしのいで命をつないでいくんだよ (p.238)

★★★ 聖書、コーラン、仏典 中村圭志
タイトル通り、世界の有名な宗教教典の概要を述べるガイドブックである。今年になって読んだ4冊の本のうち2冊が宗教関係、特に宗教に興味を持っている訳ではなく、たまたま私のアンテナにかかった面白そうな本がそうだっただけ、と思います。そうではないかもしれません。何しろ年を取って死期が近づいているのですから。それは兎も角、面白い本です。聖書についてはある程度知っていましたが、他については今回かなり整理がつきました。そして、宗教間の類似点への言及が興味深い。確かに似ている面も多いのでしょう。第6章で、ヒンドゥー教、儒教、道教、神道、について述べられているが、簡略すぎるのが少し残念。
第1章 旧約聖書
第2章 新約聖書
第3章 コーラン――正しい社会の建設
歴史的にはイスラム教徒は多神教のヒンドゥー教徒とも共存してきたし、日本のムスリムも日本の宗教的慣習に対してとくに口出しはしない。キリスト教の場合、「真理」ならざるものを信じる異教徒はすべて改宗させようという動機が強かったが、イスラム教徒のはうが布教には消極的だった。(p.156)
第4章 パーリ仏典――仏陀の修行マニュアル
ブッダは悟りを他人に教示することに消極的であったのだ。これは仏教が社会に無関心な隠遁(いんとん)主義的な傾向をもつことを意味すると解釈する向きもあるが、むしろ、悟りというものの本質的な「語り難さ」を表現するものであるかもしれない。社会に関心のあるユダヤ教においても、預言者は神のお召しを受けるとき、決まって辞退している。それは絶対者を前にした遠慮であるが、ブッダの躊躇(ちゅうちょ)に通ずるところがあるかもしれない。神の畏れ多さと、悟りの語り難さ。聖なるものの超越性を暗示しているのである。(p.173)
第5章 大乗仏教――諸仏の救済ビジョン
法華経のメッセージは、次の三つに要約できる。第一はあらゆる衆生の成仏可能性、第二はそれを応援する久遠の釈迦の存在、第三は釈迦の恩義に応えて菩薩道を歩むべきこと、である。キリスト教になぞらえれば、万人が潜在的に天国に行けること、それを神キリストが応援していること、そしてキリストの恩義に応えて神に忠実であるべきこと、となるだろう。(p.244)
宗教家は聖書やコーランや仏典のような聖なるテキストを権威の源泉と仰いで、その解釈によって自己の世界観・救済観を作り上げるが、それは実は能動的な営みである。彼らはときにはテキストとの格闘の末、思い切って踏み込んだ読み方をする。そのような営みの中で、漢訳者はサンスクリットの原典の意をとって漢訳仏典を作成し、中国や日本の宗派の開祖たちは漢訳仏典の最重要ポイントを絞り込んで大胆な新解釈を行なった。そもそも、インドの大乗仏教の運動家たちも、自己の瞑想と社会的実践の中で釈迦の仏教を再解釈して、大胆にも大乗仏典という新興のテキスト群を生み出したのである。それは旧約の伝統に立って新約聖書を生み出した初期のクリスチャンの営為に比べられるものである。(p.260~p.261)
第6章 東ユーラシアの多神教の教典
〔神道において〕罪が「水に流す」という感じで消えてしまうのは面白い。キリスト教のように、個人に罪を自覚させて、俄悔させるわけではない。仏教のように、個人に煩悩から脱却する修行を勧めるわけでもない。いずれにせよ神道は個人主義ではなく、共同体主義である。祝詞においては、人ほみな共同体の連帯と自然界のエコロジカルな秩序の中に生きている自分を思って、拝聴し、かしこまるのである。罪はいわば共同体の連帯責任であり、罪を運び出すのも複数の神々の連携プレーである。(p.292~p.293)
終章 教典のエコロジー
「聖書」「コーラン」「仏典」「ヴェーダ」といった教典と名指された文書はただそれだけで成立しているものではなく、周辺の文脈込みで機能してきたことが分かってくる。そうした文脈の中には教団組織もあれば歴史的環境もある。生物が周辺環境から切り離せないというエコロジー(生態学)に例えて、「教典のエコロジー」のようなものを語ることもできるだろう。(p.303)
第6章の内容を詳しく書いてある本を探して読んでみよう。

★★★★ 日本語のために 編者=池澤夏樹
池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 全30巻の30番目。今年度完結の予定が、源氏物語の中と下の発売が遅れているようです。この巻は、編者の説明によると・・
はじめに/全体の方針/「日本文学全集」全三十巻の中でこれは他とは趣の異なる一冊になるだろう。特定の文学作品ではなく、さまざまな文体のサンプルと日本語に関する考察を集める。琉歌(りゆうか)など他の巻に収めきれなかったものをここで拾うという意図もある。(p.9)
その琉歌を一つ・・
215 夏ぐれのすぎて 露の玉むすぶ 庭のなでしこの 花のきよらさ 読人(ゆみびとぅ)しらず
方音 なついぐりぬすいじてい、ついゆぬたまむすぶ、にわぬなでいしくぬ、はなぬちゅらさ
語意 「夏ぐれ」は夏のにわか雨、夕立。
歌意 夏のにわか雨がすぎて、露の玉を宿している庭のなでしこの花が美しい。
解説 夏ぐれという言葉は、しやうんがない節の「降らぬ夏ぐれに我袖ぬらち」とあるのが有名で、大変面白い言葉だといって、折口信夫(おりくちしのぶ)氏がこの言葉を入れて短歌を作られたことがあった。
以下略 (p.185)
ここに掲載されている琉歌はすごい。方音が判らないが、きっと素晴らしい響きではないか。引用したいところがたくさんあり、あまりに多いので諦めた。目次だけを書いておくと、1古代の文体、2漢詩と漢文、3仏教の文体、4キリスト教の文体、5琉球語、6アイヌ語、7音韻と表記、8現代語の語彙と文体、9政治の言葉、10日本語の性格。どれも興味深かったが、7以降が特に面白い。ひとつだけ引用、10の中の、私の日本語雑記(中井久夫)から以下の部分。
間合いがいかに伝達に必要かを示す端的な事実がある。同時通訳者は、同時通訳は生(なま)の話し言葉だからできるのだと異口同音に言う。語調、間合い、ためらい、間投詞、そういうものなしでは同時通訳は成り立たない。何語に限らず、そういうものがあってはじめて生きた言葉なのだ。「あのー」はいちばん単純な小道具であろう。(p.497)
なるほど、書かれた文章には「あのー」はない。「あのー」はどこに行ったのだろうか。何くわぬ顔をして「読点」に化けているのではないかと私は思う。「読点」の打ち方に法則が見当たらないのは、そのためではないだろうか。わかりにくそうな文章、こみいった文章では工夫して打つ。ひらがなが続くとひらがなで始まる名詞の前に打ったりする。もっとも、逆は異ならずで、読点の位置まで「あのー」のありそうな位置と一致するわけではない。読点の機能は一つでほないが、文章を書いていて一息つきたくなると読点を打つことが多い。(p.498)
最初に「はじめに」から引用したので、最後は「あとがき」から。
何かおかしな本ができてしまった、というのが編集を終えた今の感慨。この「日本文学全集」は古代から現代までを貫く歴史の意識に導かれている。その一方で日本ぜんたいという地理的な広がりを求める気持ちもある。その上にできるだけ多種多様な文体を収めたいという望みが重なる。それらすべての意図を集約的に具体化しようと試みたのがこの一巻だ。結果は人工衛星の高さにカメラを据えて、八世紀から二十一世紀までの間にこの列島の全域で起こった言語現象を微速度撮影で撮った動画のようなものになった。時を追ってあちらこちらで花が咲く。それを上から見る。大輪のものあり密やかなものもあり、日本語・漢語・琉球(りゅうきゅう)語・アイヌ語と、言語ごとに色が異なる。その間を自在に飛び回って蜜を集め花粉を運ぶ蝶(ちょう)や蜂は、花の種類を超えて文学的価値を受け渡す翻訳者だろうか。(p.523)
*****
この本を読むのに、いろいろなことがあり、一年以上を必要としました。

★★★ どう読むか、聖書 青野太潮
先日、広島修道大学の公開講座、『新約聖書』 冒頭のイエス・キリストの系図に登場する女性たち―旧約時代の記憶―、を受講しました。とても興味深い講義で、その時紹介されたのがこの本。260ページあまりに聖書のことが色々書いてあり、勉強になりました。特に、聖書の成り立ち、聖書の読み方、などについて、知らないことばかり、もっと若いときにこの本に出会っていたら、聖書をもっと深く読んだかもしれないと思いました。反面、詳しすぎるところもあり、また、宗教的な考え方も色濃く、没入できない部分もあります。特に気になったのが、著者が翻訳について誤りを指摘しているところ。私にはそれが本当に誤訳なのか判りませんが、読んでいる限り成る程と思いました。となると、我々が聖書を読むとき誤解するのではないでしょうか。この不安を解消してくれるのが、以下に引用している終わりの方の記述です。人間は不完全である、聖書もまた。
神の国の福音が先行しているのであり、それゆえに、それを受容するという意味での「悔い改め」をするのである。「悔い改め」をしたから罪がゆるされる、というのではなく、罪がゆるされているからこそ「悔い改め」をするのである。(p.45)
たとえ神からの「啓示」の書として聖書が受けとめられたとしても、そこにその啓示を受けた人間が介在している限り、それは「批判」を意味する「吟味」の対象とならざるをえない。そしてそれは、すでに述べたように、すべての人間は完全無欠ではありえず、ただ相対的な存在にとどまるほかはないという聖書自身の主張に全く合致するものである。われわれ自身はもちろんのこと、聖書を記した記者たちも、たとえいかに神の真理を求める思いにおいて純粋であり、其撃であったとしても、そのことはその人のとらえた真理の内容が誤りなき完全なものであることを決して意味しないのである。(p.151)
パウロが、「十字架のキリスト」のみを知りたいと語るのはなぜだろうか。それはその「十字架のキリスト」のみが「復活のキリスト」でありうるから、という理由以外ではない。逆に言えば、上述したように「復活のキリスト」とは「十字架のキリスト」であり続けているということだ。そしてそのことは、ここで「十字架につけられたキリスト」と訳されているギリシア語の原文からも言える。なぜなら、そこでは現在完了形の分詞が用いられているのだが、ギリシア語における現在完了形は、完了した動作が今も継続しているということを強調して言い表しており、それゆえここは、「今も十字架につけられてしまったままでいるキリスト」と直訳することができるからである。(p.209~p.210)
「福音書」もただひとつではなくて、四つの「福音書」が採用されたということの意味は大きい。その理由の第一は、すでに見たように、旧約聖書は決して首尾一貫する形でその神理解や人間理解を示しているわけではないにもかかわらず、その中心思想においては、イエスもパウロも、旧約聖書と彼らの福音の連続性を認めているからである。第二は、四つの「福音書」も、互いに決してすべてがピタリと符合する形で記述されているわけではないにもかかわらず、それらを修正することもしないで、そのまま正直に相互間の齟齬・矛盾をさらけ出しているからこそ、そこに人為的ではない真実味が浮かびあがってくるからである。人は、容易にそこに見られる相違を訂正して、一見して矛盾のないものに仕立て上げることはできただろう。しかし、それは歴史の改竄(かいざん)であり、多様なとらえ方を一色に塗りつぶすことであって、実に不健全な作為である。矛盾や相違は、むしろ豊かさを示すものとして受けとめられるべきであり、ただ否定的にとらえられるぺきではない。(p.239~p/240)
「聖書」は人間の書いた他の文書とは次元のちがう神聖不可侵なものなどでは全くなく、むしろ全く逆にその原典そのものすらも存在せず、ただ人間の、相対的なわざ以外の何ものでもない文献学的な作業によって再構成されているものだという事実は、聖書それ自身が告げている教説に深く規定された現実を示しているからである。すなわち、人間は決して絶対的な正しさを持つことはできず、ゆるされなくては生きていけない相対的な存在なのだ、という教説によって規定された現実である。(p.257)
聖書は、それが現在とっているその形姿そのものをもって、決して自らの聖書の読み方を絶対化してはならないということ、むしろ聖書自身がそうであるように、人間は誤り多く相対的であることを知るようにと促しているのだ、そしてまさにその自らの弱く足りない者であることを知っている者のただ中にこそ、おぼろげながらではあるが、神自身が自らの絶対的な意志をあらわにするであろう、という結論である。そして唯一そこに、真理を手にすることへのわれわれの希望は存在しているのである。(p.259)

★★★★ オーケストラ指揮法 高木善之
1996年に出版された本を、2007年に改訂。著者は音楽の専門家ではない。小さい頃からピアノや声楽を学び、学校では合唱をやっていた。就職してからも、職場で合唱団の指揮をし、ついにはオーケストラの指揮をするようになる。前書きは「前奏」と題され、以下は「第〇楽章」となっている。第1楽章は、オーケストラ指揮法。合唱指揮者からオーケストラ指揮者になるまでが書かれている。知っているようで知らないオーケストラのこと(練習法や人間関係など)興味深いことがたくさん。第2楽章は、交通事故。33歳の時、死んでいてもおかしくないひどい事故に遭います。その事故のことやその後の奇跡的な回復について、そして、その闘病中にいろいろ考えたことで、著者がどう変わったか、それ以前とそれ以後を対比して述べられます。第3楽章は、新しい生き方。合唱団、職場、家庭、についての記述です。第4楽章は、新しい気づき。今現在著者が取り組んでいる、NPO法人ネットワーク「地球村」に至る経緯。あとがきは「後奏」。<後記>もあり、出版後から改訂までのことが簡単に記載されています。私は本来、この様な生き方について書かれている本は読みません。何故かというと、説教臭いものが多いからです。この本も最後の方はその匂いがします。しかし、それを消してしまうだけの迫力があります。私が音楽好きということもあるのかもしれませんが、七十歳前の人間が読んでも得ることがあります。若い人たちはもっと得るとこが多いと思います。オススメです。