2015読書記録  14年 13年 12年 11年 10年 09年 08年 07年 06年05年   


読書中 ユートピアの歴史 グレゴリー・クレイズ

★★★ プーチンの実像 朝日新聞国際報道部
朝日新聞に連載された記事をもとに、加筆修正してまとめた本。記事の取材手法は、プーチンを直接知っている人たちへのインタビューが主だった。この本はとても迫力のあるものになっている。プーチンという人間が多面的に分析され、その実像がよく描き出されているように感じる。その分析が正しいかどうかは判らないが、かなりの説得力を持っている。プーチンの人となりが見えるエピソードを、少々長くなるが引用してみる。
第四章 人たらし
山下泰裕との出会い
出世欲は見せなかったというプーチンだが、周囲の人たち、特に年長者を魅了する不思議な力を持っていた。ウソリツェフは、その力こそ、プーチンが一介のKGBの要員から大統領へと駆け上がる原動力の一つになったと考えている。
そんなプーチンの力をまざまざと見せつけられた一人が、柔道の山下泰裕だ。山下は、プーチンと初めて会った日のことを今もはつきりと覚えている。それは、二〇〇〇年九月五日。プーチンがロシア大統領として訪日し、三日間の日程の最終日のことだった。この日の朝、プーチンが首相の森喜朗とNATOや北方領土をめぐつて交わした率直なやりとりについては、先に紹介した。この日プーチンは、日本から離れる直前に、柔道の聖地・講道館を訪れた。柔道家プーチン自らのたっての希望だった。山下は、事前に外務省から一つの頼み事をされていたという。「できれば、大統領が柔道着を着ないようにお願いします。時間を読むのが非常に難しくなるので。交通を全部止めたりしているものですから」プーチンは文京区春日の講道館から直接、大統領専用機が待つ羽田空港に向かう予定だつた。車列が通る際には、首都高速も含めた大規模な交通規制を敷く。プーチンが柔道着を着てしまうと時間が読めなくなり、規制する時間が長引くなど、警備態勢や交通に大きな影響が出るというのがその理由だった。山下は「隣国のトップが講道館で柔道着を着るとすれば、こんなに画期的なことはないのに」と感じていたが、外務省からの頼みは聞かないわけにはいかなかった。外務省にしても、今だったらプーチンが柔道着を着るのを止めたりしないかもしれない。むしろ喜んでプーチンの希望をかなえようとするのではなかろうか。だが、このときプーチンは大統領に就任してわずかに四カ月。一年前までほとんど無名で、前大統領エリツィンとその取り巻きに選ばれた操り人形という見方さえあったころだった。山下は、道場受付がある四階でプーチンの到着を待っていた。プーチンが車から降りたところで立ち話はしないでほしい。これも警備上の要請だった。狙撃される危険があるような場面は、極力減らさなければならないという理由からだ。そこで、講道館側からは、当時の館長だった嘉納行光だけがプーチンの車の到着を出迎えた。その場ではひと言も話すことなく、すぐに四階まで上がってきた。山下がそこで目にしたプーチンは、すでに自分の柔道着を小脇に抱えていた。「どこで着替えたらいいかな?」これが、山下が初めて聞いたプーチンの肉声だった。柔道着に着替えたプーチンは、道場であいさつの言葉を語った。「講道館に来ると、我が家に帰ったような安らぎを覚える」とプーチンは切り出した。「これは私だけではないはずだ。世界中の柔道家がそう感じるはずだ。なぜなら、世界の柔道家にとって、講道館は大切なふるさとだからだ。柔道が世界に広がったのはすばらしいことだ。しかし、もっと大切なことは、柔道を通じて日本の文化、日本の心が世界に広がっていく。そのことに価値がある」山下は当時を振り返って、「あの場にいた全員がしびれました」と語る。「ロシアの大統領のあいさつというよりは、日本人。いや、日本人でさえ思っていないようなことをおっしゃった」それだけでは終わらなかった。プーチンが周囲の人々を魅了する力をまざまざと見せつけたのは、講道館の行事の最後でのことだった。講道館はこのとき、プーチンに六段の段位を贈った。黒帯を外して、六段以上の者だけに許される紅白の帯を締めるよう促されたプーチンは、なぜかそれを断った。少しがっかりした空気が道場に広がるのを予期していたかのように、プーチンはマイクをとった。「私は柔道家だ。六段がどれほど重いものかをよく知っている。大変光栄なことだが、ただ残念ながら、私の実力はまだこの帯を締められる水準に達していない。ロシアに帰ったらさらに練習を積んで、早くこの帯を締められるような柔道家になりたい」万雷の拍手。山下は「あのときその場にいた全員が、大統領のことを大好きになった」と振り返る。山下はこれがきっかけで、プーチンと親しくつきあうようになる。これまでにプーチンとは、多人数の懇談も含めれば、二〇回以上会っているという。日本では一番プーチンと親しくつきあつてきたといえるだろう。日本の外交関係者も「プーチンは、日本との関係の中で、山下さんとのパイプは大切にしているようだ」と話す。実際、プーチンは山下がロシアに来る機会には、多忙な日程をさいて、極力直接会う機会を作ろうとしてきた。(p.77~p.80)
もちろん、プーチンが持っているのはこのような面だけではない。歴史認識がおかしいと思われるところもある。長く権力の座にいることは弊害が多い、と言っていた本人がそうなっていることには真面な説明がない。ロシアという国が置かれている位置が大変難しいということもあるのだろう。
プーチンは、冷戦の勝者のように振る舞っているとして、米国を常々批判している。二〇一四年一〇月二四日、世界のロシア専門家らを前にした演説では次のように語っている。「米国は冷戦の勝者を自称している」「冷戦は終結したが、その終結は、平和をもたらさなかった」「冷戦の勝者を称するものが、自分たちの利益のためだけに全世界を塗り替えようとしている印象だ」 (p.268)
我々はロシアの立場で物事を見てはいない。これは考えなければいけないことだと思う。
一九九九年三月に始まったNATO軍による当時ユーゴスラビアの一部だったセルビアに対する空爆は、国連安全保障理事会の決議なしに行われた。ユーゴスラビアはNATO加盟国でないだけでなく、歴史的、文化的にロシアと深いつながりがある。さらに二〇〇八年のセルビアからのコソボ独立は、セルビアの同意なしに行われた。ロシアはこれに強く反発。二〇一四年、ウクライナ側の同意を得ることなく、クリミアを一方的に併合した際には「セルビアの同意なしにコソボを独立させた欧米には、ロシアを批判する資格はない」と主張した。(p.272)
外交は難しい、ということを痛感した。著者たちはあの佐藤優に相談したこともあったと書いている。外交には、彼のような人材が必要なのだろう。山下泰裕では心許ない。

★★★ ニッポン景観論 アレックス・カー
本書の著者紹介によると、アレックス・カーという人物は:
東洋文化研究者。一九五二年、米国生まれ。イエール大学日本学部卒業後、慶應義塾大学国際センターで日本語研修。七七年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。二〇〇〇年代に京都の町家が壊されていることを懸念して、修復し宿泊施設として開業。二〇一〇年から景観と古民家再生のコンサルティングを地方に広げ、徳島県祖谷、長崎県小値賀町、奈良県十津川村などで、十数軒を改修して滞在型観光事業を営む。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、九四年新潮学芸賞)、『犬と鬼』(講談社)など。
この本は、そんな著者が日本の景観について、近代化という名の下に壊されいくことに警鐘を鳴らし、観光資源としての活用を提言している。最も槍玉に挙がっているのが電線、そして看板である。おそらく日本人も気付いてはいるのだか、著者ほどには深刻に考えていないのではないか。いわれてみると確かにその通りで、その醜悪な姿を数多くの写真で見せられると、景観破壊の度合いがよく判る。アメリカ人特有のユーモア、皮肉もちりばめられ、面白く読める本である。

★★★ 百歳までの読書術 津野海太郎
タイトルが本の内容と一致していない。売らんがための命名だろう。著者があとがきに、タイトルをつけたのは自分ではないと、歳をとると細かいことは気にしないということの絡みで書いている。それは兎も角、面白い本である。加齢に伴う変化を、ユーモアと少しの哀愁と共に淡々と記述する。当然読書に関することが多く、身につまされる。とはいえ、著者はエネルギーにあふれている。真似は出来ないし、参考にしたくても、出来そうにないことが多い。まあ、私もそろそろ、百歳まで、ではなく、80歳ぐらいまで(そこまで生きるのか!)の生活について考えなければいけないと読みながら思った次第です。
若いころの読書には無限の未来があった。その錯覚は六十代の半ばぐらいまでは辛うじてつづいたが、七十歳をこえればもういけない。じぶんの死がすぐそこに迫っている。のこされた限りある時間に、はたして私はあと何冊、本が読めるだろうか――。でも、この種の自問は本好きの人間が人生の最終段階に足を踏み入れるさいの形式的な手続きみたいなものだから、結局は、いままでの読書習慣をそのままつづけることになる。(p.13)
六十代なかばの私は、ときにチラッとじぶんを老人と考え、つぎの瞬間には、みずからを老人とみとめることを反射的に拒むという、なんとも中途半端な状態におかれていたらしい。以前、この連載で「六十代は過渡期にすぎない」と書いた。つまりはそういうこと。六十代というのは、五十代と七十代のあいだでなんの確信もなく揺れているやわな吊橋みたいなものなのだ。(p.176)
こちらは「いまどきの軟弱な老人」だからね。かつてのセンパイ諸氏のように「いまの小説はつまらん。私と諸君との間には言葉すら不要なのだ」とまではいいきれない。「いまに興味がない」という断定の裏には「おなじようにいやな時代だったけれども、それでもむかしのほうがまだよかった」というひそかな確信が貼りついている。どうやらその確信が私には欠けているようなのだ。――いまよりもむかしのほうがよかった? ほんとかな。じぶんが若かったというだけのことじやないの?(p.198~p.199)
小説の場合は映画とはすこしちがうかもしれないとは思う。映画では、こちらの都合がどうあろうと、あっちで勝手にどんどんすすんでいくから、たいていは、それを迫っていくだけでことがすむ。わざわざ想像力をフル動員する必要もないし、その暇もない。でも小説はちがうでしょう。小説というやつは、こちらからじぶんの想像力を積極的にふくらませて読まないかぎり、ちっともおもしろくない。(p.202)
少年少女はやがて青年になり、中年や壮年をへて、あっというまに老年をむかえる。その階段を一段あがるごとに、それ以前の「世代限定の想像力」がうまく機能しなくなる。いやもおうもない。かならずそうなる。/そして、そのつど「私にはこういう世界を批評する資格がない」ということになり、じぶんにとって切実な小説の世界が狭まってゆき、とどのつまりは 「私はいまに興味がない」と仏頂面してつぶやくしかないところまで追いつめられてしまう。いやはや、こまったね、ご同輩諸君――。(p.205)
おおくの老人たちが日々、大小の「記憶の裏切り」とつきあいながら生きている。私だっておなじ。裏切りと遊びたわむれ、それをたのしむのも、老人読書にゆるされた数すくない特権のひとつなのである。(p.252)

★★ うまい日本酒の選び方 葉石かおり
この本を読書記録に残していいものか、ちょっと悩みました。第一章・日本酒が出来るまで、第二章・日本酒の基本、第三章・日本酒図鑑。第三章が全191ページの三分の二位を占め、全国100の蔵元の酒を二種類ずつ解説してます。これにどれだけの意味があるのか。以下のような文章です。
特別純米飛露喜(ひろき)
【味わいの特徴】すべての飛露喜のベースとなる味わいの定番商品。アレクサンドリアを彷彿とさせる優美な香りが控えめに立つ。コクと旨味を主軸に、熟した果実を思わせる甘酸っぱさを添えた好バランス。米感を邪魔しない酸味のさじ加減が秀逸。美しさの余韻を残しつつ、辛味で緩やかにキレてゆく。
(p.86)
日本酒の説明にはこんな感じのものが多くあります。判るような判らないような、独特の言い回し。日本酒を選ぶ時の参考になるか、少なくとも私にはことばの羅列に見えることがほとんどです。まあ、日本酒の基本の確認に役に立ったということでよしとしましょう。

★★★ ネアンデルタール人は私たちと交配した スヴァンテ・ペーボ
著者はスエーデン生まれの生物学者、父親はノーベル賞受賞者だそうです。ネアンデルタール人のゲノムの解読に成功したことを中心に、自らの人生を振り返っている本と言えるでしょう。僅かな骨片からDNAを解読できる時代になっているのです。専門的なことは当然理解できませんが、説明の仕方が上手く、どのようなことが行われ、このようなことが解明できた、ということが判ります。すごいとは思いますが、ネアンデルタール人が私たちと交配していたということから、何が導き出せるのか、私たちの生活に間接的ではあってもどのような影響があるのか、ピンときません。まあ科学は全てこんなものかも知れません。面白かったのは、科学の世界も我々一般人の世界と同じようなものだということです。以下の引用はその一部。
科学は明々白々な真実に対して、科学者以外の人が想像するほど、客観的でもなければ公平でもない。実のところそれは社会的な活動であり、何が「常識」かは、大物や、引退した後も影響力を持つ学者の弟子たちが決めるのだ。(p.267)
実験の内容と結果を知っている人は50人ほどいた。発表前にその誰かが、現代人がネアンデルタール人の遺伝子を受け継いでいるという証拠が見つかったことをジャーナリストに話してしまうのではないかと心配だった。もしそうなれば、そのニュースはたちまちあらゆるメディアに拡散するだろう。もうひとつ心配だったのは、他のグループが先にネアンデルタール人の塩基配列を公表するこだった。この懸念の元になつているの侶、もちろん、ある人物だ。かつての仲間で、今はライバルとなつた、バークレーのエディ・ルービン。ネアンデルタール人の骨を持ち、その研究に必要な手段に通じた人物だ。これまでの4年間、わたしたちはまさに血のにじむような努力を重ねてきた。それなのに、ある朝、「ネアンデルタール人が人類の遺伝子に寄与」といった新聞の見出しに叩き起こされたら、どんな気分になるだろう。こちらの10分の1以下の乏しいデータを慌てて分析したような論文に先を越されたとしたら。柄にもなく、それが心配で寝つけない夜が続いた。(p.298)
著者は、研究生活だけではなく、恋愛とか結婚とか、個人的な生活についても少し書いていて、人間味あふれる人のようです。その魅力がこの本を読ませることに繋がっていると思います。

★★★ 学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方 サンキュータツオ
著者がどんな人かはよく知りません。本の著者紹介によると、最初に芸人と書いてあります。早稲田大学を出て、一橋大学の非常勤講師をしているとのこと。
まあそれは兎も角、面白い本です。かなりの国語辞典マニアで、いろいろな国語辞典の紹介をしています。読んでいると、その辞典が欲しくなります。
一時話題になった、新明解国語辞典、恋愛、について書いてあります。
『新明解』の「恋愛」の変遷です。語釈(語の意味)だけ抜粋しましょう。
れんあい【恋愛】
(初版)一組の男女が相互に相手にひかれ、ほかの異性をさしおいて最高の存在としてとらえ、毎日会わないではいられなくなること。
初版の段階でもはや中毒症状的な側面に焦点をあてる画期的な語釈!「ほかの異性をさしおいて」って、たしかにそうなんだけど、なんか「ほかの異性」の存在が雑!
(第三版)
特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態。
「合体」キター!『釣りバカ日誌』と『創世のアクエリオン』でしか「合体」ということばを使わないと思っていましたが、まさか新明解が源流だったとは!そして「ほかの異性」がどこにいったのか非常に気になります。「特定の異性」ということばに集約されてしまった?
(第五版)
特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。
「まれに」って!「モテない」がデフォルトかよ!どうでしょうか、この非モテ感。ただ、肉欲が最初にあるのではなく、あくまで精神的な一体感から肉体的な一体感へとつながるものなのだという「恋愛観」がうかがえて、なかなか感動的です。
(第六版)特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。
ちょつと!最後嫉妬の要素まで入れてきてます!なんだか『新明解』という男の子が、版を重ねるたびに「ああ、なんか経験したんだな……つらかったね」と声をかけてあげたくなるくらい、成長しているのがおわかりでしょうか!残念ながら最新の第七版ではこの項目に関しては修正がなかったのですが、むしろ「悲しい想(おも)いはしなかったんだね……」と安心する気持ちがわいてきました。『新明解』の語釈は癖があると言われていますが、(君は、和歌や小説で「恋愛」がどのような文脈で使われているか、ニュアンスまで汲(く)み取ろうと必死なんだよね)、と「私だけがわかってる!」と思い込ませてくれる一冊なのです。これが、おなじ辞書を初版からチェックしていくことの喜びです。(p.28~p.30)
まず最初に、ベネッセ表現読解国語辞典、を買って遊んでみようと思います。

★★ 般ニャ心経 加藤朝胤[監修]
般若心経に関する本、学生時代から興味があり、何冊も読みました。しかし、未だに腑に落ちるものがありません。この本、監修しているのは薬師寺の執事長ですが、奥付に、ライター菅原こころ、とあるので、実際に書いたのはこの人なのでしょう。何者なのか、説明はありません。タイトルの「ニャ」はニャンコのニャ、そして、「らく~に生きるヒントが見つかる」という枕詞が付いています。般若心経を解説する本にしてはくだけているのです。


上、見開き二ページの左側。下が右側。


右ページ下に、般若心経の説明があります。このパターンで266文字を60に分けて取り上げるのですが、一字一字を説明しているわけではありません。最後に全文がまとめてあり、意訳的な意味が載せてあります。ニャンコの表情に心安らぐのですが、漢字の意味の説明がないものがあり、内容が頭に定着しない感じです。まあ、その様な本だということでしょう。又性懲りもなく、別の手段で探求してみます。

★★★★ 生きて帰ってきた男 小熊英二
タイトルは、シベリア抑留を経験して、という意味、そしてその男は著者の父親です。この本は、著者が父親の話を聞き取り、その生涯を歴史のなかに位置づけたものと言えます。私の祖父もシベリアに抑留されていて、話を聞く前に亡くなってしまいました。関心はあるのですが、これまで詳しく調べたことはありません。
関東軍総司令部が一九四五年八月二九日にソ連側に提出した陳情書では、捕虜となった日本軍人の処遇について、こう記されている(白井久也『検証 シベリア抑留』平凡社、二〇一〇年)。「(内地への)帰還迄の間に於きましては、極力貴軍の経営に協力するごとく御使い願い度いと思います」。もともと、天皇の命令をうけて近衛文麿らが七月に作成した『和平交渉の要綱』では、満州在留の軍人・軍属を、「賠償」の一部としてソ連に労務提供するとされていた。敗戦直前の日本政府は、ソ連に連合諸国との和平交渉仲介を期待しており、ソ連への譲歩条件を摸索していたのである。(p.84)
中国や韓国がゴタゴタいっていることを考えれば、日本も色々言えるのではないでしょうか。
準備不足や劣悪な待遇は、捕虜の意欲と労働効率を低める結果となった。ソ連内務省の予算収支によると、捕虜労働による収益が収容所の維持管理費にみあわず、一九四六年度には三三〇〇万ルーブルの赤字を連邦予算から補填したという(カルポフ前掲『スターリンの捕虜たち』)。こうした事情を記すのは、ソ連を弁護するためではない。捕虜を強制労働させたことの責任は措くとしても、十分な受入れ準備も労働計画もなく、六四万もの捕虜を移送したことは、マネージメントが拙劣であったとしか形容できない。その結果が、非人道的であるにもかかわらず、経済的にはマイナスという愚行となったのである。個々のロシア人に悪意がなかったとしても、国としての責任は免れない。(p.116)
こんな状況だったのですね。
シベリア抑留者の手記には、若い時期が無為にすぎていくことに焦燥感を覚えたとか、みじめな運命で気が狂いそうになったといった回想を述べているものも多い。しかし謙二は、こう述べる。「そういうことは思わなかった。ただ生きていくのに必死だった。そういう抽象的なことを考えたのは、もともとハイレベルの人か、屋外で重労働をせずにすんだ将校だろう」/シベリア抑留に限らず、戦争体験の記録は、学徒兵、予備士官、将校など、学歴や地位に恵まれた者によって書かれていることが多い。それらは貴重な記録だが、特定の立場からの記録でもある。生活に余裕がなく、識字能力などに劣る庶民は、自分からは歴史的記録を残さない。(p.132~p.133)
このことがこの本の素晴らしいところでしょう。ほとんど昭和の時代をカバーし、普通の人から見た歴史なので、その時代をよく理解できた、気がしました。特に、私自身が生きてきた期間は見事に整理されていると思います。
この著者の本は何冊か読みました。いずれも大冊で、興味深いものです。未読のものを読んでみようと思います。

★★ 美しき岡山 吉井康哲
写真集です。撮影者はプロではなく、医者が本業。タイトル通り、岡山の美しい風景を写している。技巧に走っていない所は好感が持てる。「ブルー・マーブル」という作品は、鏡野町恩原湖の湖面で、青色の渦が幾つも出来ている見事な光景。「春爛漫」は総社市福谷の桜、吉野に負けない、というキャプションがついていて、確かにそういう感じ。瀬戸内写真塾の高橋毅塾長が寄せた文に、この写真集を見て岡山に来て欲しい、と書いてあるが、いってみようという気になります。阿波(あば)の布滝(のんだき)、津山の梅の里公園、美咲町の三休公園、が印象に残りました。まあ、写真と実際は往々にして違いますが。

★★ ワカコ酒4 新久千映
相変わらずのほんわかムード、お酒も料理も美味しそうです。こういうお話は読んでいてホッとします。
2015年1月出版されたこの本、テレビドラマになると告知があります。1月からスタートなので既に終了、見たいような気もしますが、「ぷしゅー」はマンガのものでしょう。

★★ 京都ぎらい 井上章一
ちょっと長くなるが先ず引用を。著者の主張と、ひらがなの多い文章が判ると思うので。
重い差別が、社会の表面からはけされていく。しかし、かつての差別をささえた人間の攻撃精神じたいは、なくならない。そして、それは、軽いとされる差別に突破口を見つけ、そこからあふれだす。あるいは、差別の対象ともみなせぬ小さな負の印に、と言うべきか。ハゲなどばかりがからかわれやすい状況は、こうしてもたらされる。現代の京都でも、同和問題や民族間題についての差別的な言辞は、ゆるされない。確信犯的なヘイトスピーチはあるが、それもたいへんこまったことだとされている。基本的には、口にするべきことじやあないと、考えられているはずである。そのぶん、洛外を見下す言葉は、かえってあふれやすくなる。嵯峨の田舎よばわりは、罪も軽そうなので、よりいっそういきおいを強めていく。その意味で、京都における嵯峨や宇治は、身体面でのハゲやデブにあたるのだと思う。まあ、私はこのごろ、ほんとうにすこしハゲだしてもいるのだが。洛中が洛外をおとしめることは、昔からあったろう。そこに、古都京都の伝統がないとは、思わない。しかし、洛外をあなどる気分の増幅には、現代的な情勢も加味されていると、私は考える。差別的な情熱を、そこへかこいこむ社会のしくみも、今の言論状況をささえている、と。「宇治のくせに、京都と言うな」。「山科なんかにいったら、東山が西に見えてしまう」。こういう物言いは、比較的若い人々の口からはなたれた。やはり、それは現代的な言論のあり方を、うつしだしているのだと思う。そして、いけずの鮮度が高いこのような言動は、以前の差別を陰画の形でほのめかす。洛外がこういった言葉をひきうける前の時代に、賤民蔑視のほどはいかばかりであったか。京都はやはりこわい、そしていやな街だったんだろうなと、考えこまされる。(p.46~p.47)
著者は嵯峨で生まれ育ち、今は宇治在住。彼の立ち位置、論の進め方には、共感できる部分もあるが、ちょっと違うな、と思う所も多々あり、本人も書いてはいるが、洛外とはいえ京都的な発想を持って、世の中を見ていると言えるだろう。ただ、なかなかに読ませる本で、面白くためになることが色々と書いてあった。
京都には、本や雑誌で庭の写真などが紹介される寺も、たくさんある。そして、その撮影へおよぶさいには、出版社が寸志をつつむならわしも、できている。噂で耳にするその額も、一点につき三万円ほどだという。もっと値をつりあげる寺もあると聞くが、おおむねそのあたりにおちつくらしい。ひょっとしたら、北山の公共建築も、これにあやかったのではないか。寺がやっているんだから、うちだって寺なみに、そのぐらいはとってもいいんだ、と。もし、そうであるなら、一見モダンな北山界隈も、伝統的な寺院とつうじあうことになる。磯崎新氏の尖鋭的な作品が、京都を代表する大伽藍(がらん)のようにも思えてくる。(p.104)
織田信長は何故本能寺に泊まっていたか・・・
室町時代の京都では、武将たちの一行をうけいれる寺が、ふえだした。人目をよろこばせる庭が、寺でいとなまれるようになったのは、そのせいだろう。武将らの接待という新しいつとめが、庭の美化をおしすすめたのだと思う。ホテルとしてのサーヴィス機能が、それだけ高まったということではなかったか。(p.123)
今、洛中にも天皇家の入洛をめいわくがる気分はあると、そう書いた。にもかかわらず、京都へかえってきてほしいとねがう御仁が、この街には少なからずいる。東京の皇居はただの行在所(あんざいしょ)、つまり宿泊所で、本拠は今日なお京都御所にある。天皇家は、ほんの百数十年間、東京にたちよっているだけで、都(みやこ)はまだ京都にある。そう言いつのる人さえ、いなくはない。いったいどうして、なにを根拠に、そこまで強気になれるのか。首都を今も京都だとする立論のよりどころは、遷都の詔勅がまだだされていない点にある。明治維新で天皇は東京へうつりすみ、中央政府の官庁街も東京にいとなまれた。だが、都を東京にあらためるという詔(みことのり)は、いちども発せられていない。その一点にすがりつく形で、こういった類の議論はくりかえされてきた。(p.135)
戦国時代をすぎるあたりから、神観念はかわりだす。敗者を神としてまつりあげるのではなく、勝者が神になろうとする事例もあらわれる。豊国(とよくに)神社の豊臣秀吉や、東照宮の徳川家康らが、その代表例にあげられよう。自分がうちまかしたもののたたりをおそれ、魂しずめの寺や神社をもうけようとする。中世まではあった、敗者にたいするそんなおびえを、勝者はしだいにいだかなくなった。近世期には、自らを神としてまつりたがる勝者だって、登場しはじめる。史上の人物を顕彰する、個人記念館めいた神社がたてられることも、ふえていく。ひとことで言えば、オカルト的な魔術からの解放が、すすんだということなのだろう。(p.199)

★★★ その女アレックス ピエール・ルメートル
久し振りのミステリー、楽しく読みました。ただ、最後に凄惨なことが書いてあります。三部構成で、その都度思いもしない方向に展開していくのですが、いったん方向が決まるととんでもない方には行かず、ドキドキはしますが、ある意味安心して読めます。この手の本を読むと、矛盾と感じることが幾つか出てくるのですが、この本にはその様なことが少なく、後で考えると納得したことがありました。大抵は私の読み方が不足しているのでしょう。読みながら、天童荒太の「永遠の仔」を思い出しました。あまり書くとネタバレになるので止めておきます。ミステリーファンの方、読んで下さい。

★★★ 膨張するドイツの衝撃 西尾幹二・川口マーン惠美
思想的には一致しない人の本も読みます。結構面白いのです。この本は対談で、スラスラ読めます。成る程と思うところもあれば、違うなというところもあります。しかし、左翼的な人の文章は、気配りが行き届いていて、ある意味面白さに欠けるのですが、この著者は遠慮なくズバズバと言って爽快という面もあるのです。
川口 ベルリン・フィルの金管というのは「きわめてドイツ的な響きである」といわれてきたわけですが、いまはほとんど全員が外国人のようです。ベルリン・フィル全体を見わたしても、ドイツ人は少ない。弦楽器でも、ドイツ人は半分もいないでしょう。指揮者はいまはイギリス人、前任者はイタリア人、次はロシア人になる予定です。(p.32)
西尾 いまは「負けてよかった」と思う日本人はだんだん少なくなってきています。それというのも、「日本は依然として非占領状態にあるではないか」と感じている人が大勢いるからです。「アジアの国をたくさん解放したけれど、当の日本だけが解放されていないじゃないか」と、そんなアイロニカルなことを口にする人さえ出てきています。(p.58)
この文章も、以下も、私はこの様な発想は出来ないと思います。
西尾 私は、戦後は終わらせなければならないと思っているのです。そのためには、同盟国アメリカに日本の戦争の意義を説かなければいけない。いいかえれば、日本の戦争とドイツの戦争は違うんだということをアメリカにしっかり納得してもらわないとどうにもならない。いままでは中国、韓国を相手にしてきましたが、中韓両国とは議論になりませんから、これ以上相手にしても仕方がない。その代わり、日本の戦争の歴史とドイツの戦争の歴史は本質的に違うんだということをアメリカに認識させていく。いや、世界に認識させていく。これをやらなかったら絶対に日本は甦(よみがえ)らないと思います。(p.185)
西尾幹二という人は、いわゆる右翼とは言えないと思っています。何冊か著書を読みましたが、凄く説得力があることを言っているのです。ただ、全体的には共感できないところがあります。が、今の日本には受け入れられる要素あるのではないでしょうか。日本は何処に行こうとしているのか?

★★ 瀬戸内の楽園 高橋毅
四国在住の写真家の写真集。美しい写真満載です。写真は対象をそのまま切り取る、ことは少ないのではないでしょうか。言い換えると、肉眼で見たままが写真になる、ことはなく、たとえそうなっても、それが芸術と言えるかどうか。瀬戸内には、海や島や山が多く、光(太陽)と絡み合って素晴らしい光景を創り出しています。この写真集にはそのような写真が一杯です。一番気に入ったのは、山と海と太陽、小さな島も写っている、瀬戸の遠望[愛媛県西条市](p.42)という物です。他に、橋や夜景もあり、その美しさに感動します。

★★ 日本人の知らない日本語4海外編 蛇蔵&海野凪子
シリーズ4冊目も読みました。相変わらず面白くて、いろいろ為になります。ただ、ヨーロッパの国をたくさん回り、それを一杯詰め込もうとして、一つ一つの国が表面を撫でただけという感じになっています。
日本語(にほんが)は擬音(ぎおん)が沢山(たくさん)あっておもしろい!!たとえば?「し~ん」 静寂(せいじゃく)の音(おと)という考(かんが)え方(かた)があるのにびっくりしました。(p.15)
どうして親切(しんせつ)って「親(おや)を切(き)る」なんですか?漢字(かんじ)の元々(もともと)の意味(いみ)【親】=「近(ちか)しい人(ひと)」【切]=「ぴたりと合(あ)う」「適切(てきせつ)」の切もこの意味から来たものです (p.57)
日本は約37.7万平方キロメートル、イギリス約24.3万平方キロメートル。※ただし可住地面積(住むことができる面積)はイギリスの方が多い。(p.69) 日本って山ばかりなんですね。
英語(えいご)ターキーは「トルコの鳥(とり)」という意味(いみ)ですがトルコでは「インドの鳥(とり)」インドでは「ペルーの鳥(とり)」ギリシャで「フランスの鳥(とり)」になりモロッコで「ローマの鳥(とり)」に実際はアメリカ大陸原産 (p,91) ここまで言葉が巡る例は珍しいのでは?
(外国人に)好きな漢字(かんじ)を聞(き)いてみました/繭(まゆ)/草(くさ)と虫(むし)と糸(いと)!! 理論的で美しい!! (p.126) 漢字源の解字によると、「両側に垂れるさま+糸+虫」で、虫の糸が垂れて出てくるまゆを表す。

★★ 虫類図譜[全] 辻まこと
[全]が付いている理由は最後に書いてある。本書は一九六四年七月、芳賀書店から刊行された『虫類図譜』に、「歴程」に発表されたが単行本未収録の「虫類図譜」を増補し、完全版としたものである。
何故こんな古い本を読んだのか、何故私の読むべき本リストに入っていたのか、判らない。読んでみると、まあまあ面白かった。擬人化された虫、ではなく、抽象概念の虫、を集めたものである。見開きの右ページに文による説明、左に著者自身によるイラストがある。例えば:
マスコミ
蝶、蛾、虻、蝿、蟻、油虫どれにも似ているが、どれでもない。
「喋」から発生した虫だから蝶の一種であろうというのは俗説で信ずるに足りん。原種は井戸端、床屋、浮世風呂に見られたが後に大家の隠居部屋で半痴愚種が育てられた。この在来に電気仕掛けの洋種が交配せられて現在の大型種ができた。本邦原産の小型で軽快な虫にみられたユーモアが失なわれ、ガツガツした生真面目なナンセンスな虫ばかりになってしまったのは残念である。(p.48)
(p.49)
その他、私が気に入ったものを幾つか。
劣等感
優等感虫がちょん切れて尻尾が生きていると、それが生長して劣等感虫となる。
寄らば大樹の蔭、鶏頭よりは牛のケツとならん……は優等感虫の声で、牛尾たらんよりは鶏頭を目ざすのが劣等感虫の心意気だ。人間どっちか一匹飼ってると無事だが二匹一緒に飼うと頭がオカシクなる。(p.56)
宗教
この島には本当の宗教虫は存在しない。亜属だけだ。
堕ちてくる魂を引掛ける多数のフックをもっていて、そこに引掛かった魂を栄養にしてどんどん肥大していく……虫自身をぶらさげている頼みの綱が切れて虫自体が堕ちるときまで……。魂も虫も上へ昇ることはない。一時止まるまでだ……。(p.68)
増補に同じ虫が居て、元の虫と同じ説明の場合もあるし、異なる場合もある。イラストは書き換えてある。
宗教*
宗教は信仰の飛出したあとのぬけがらに住んでいる。郊外を散歩しているとときどきその空家にはいり込もうとして苦心している宗教を見掛けることがある。知らない人は、いまそこから昇天する瞬間だなどと有りがたがっている。その空家は尖塔があって空に向って祈りをあげているように見えるが実は木の枝からぶら下っているのである。宗教がねらう空家のぶら下っているような樹はたいてい栄養がいいのは不思議なくらいである。
(p.160)
虚無
ボクのサインではない。その上の方だ。なにも見えないって? いや紙が見える筈だ。そうです。人は何も見えないことはない。眼がある以上。/虚無の虫がいるといえば、虚無の虫の存在を否定することになる。いないといえば、それはいないことだ。/死後について考えるのが無意味なように、生前について考えることも無意味だ。/それは皆違反です。
(p.86)
説明にあるように、虚無虫にはイラストがない。もう一匹、何故か金融虫にもイラストがない、p.143はサインだけ。
機構
士農工商の木管はけっしてしっかりしたものじゃなかったが、とにかく自家製だから、工合の悪いとこは手早く修理ができた。全体が腐ったら、腐ったところから考えりやよかったよ。ヘタに金属製の舶来パイプにしたんで手入れが解んねえでサビとカビだらけだ。
(p.178)
金属製の機構虫のイラストはあるのだが、木管のイラストはない。見たかった。

★★ 弱いつながり 東浩紀
副題::検索ワードを探す旅
ネットでたいていのことを調べることが出来る便利な世の中になったが、人は所属するコミュニティの中のつながりから自由になることが出来ない。ネットで検索するとき、発想が限定される。なので、場所を変える、旅に出る、などして、緩やかなつながりの中で自分を見つめ直す。著者の言いたいことのいい加減な要約です。
困果関係がどうであろうと、原発事故によって傷ついたひと、生活の場が奪われたひとがたくさんいることはまちがいない。そして、そのような「科学的には言語化できない」痛みを言葉に置き換えていくのも、また哲学の役割です。かつてヨーロッパの知識人たちが、アウシュヴィッツという表象不可能な体験、つまり「言葉にできない体験」を言葉にすることに尽力したのと同じように、ぼくもまた、たまたまではあれ福島第一原発事故のような大きな事件に遭遇したからには、似た責務を負っていると考えています。言葉にできないものを言葉にすること。そのために大事なのは、まずは言葉にできないものを体験すること、つまり「現地に行くこと」です。そして、できるだけ多くのひとに訪れてもらうためには「観光地化」は欠かせない。(p.66~p.67)
著者は、福島第一原発観光地化計画、なるものを推進しています。
言葉にならないものを、それでも言葉にしようと苦闘したとき、その言葉は本来の意図とは少し異なる方法で伝わることになります。哲学的な表現を使えば「誤配」されることになります。そしてその誤配を通して、ぼくたちは、言葉にならないものそのものは知ることができないけど、そんな言葉にならないものがこの世界に存在する、その事実だけは知ることができる。要は、記号を扱いつつも、記号にならないものがこの世界にあることへの畏れを忘れるな、ということです。(p.69)
アウシュビッツは観光地化して多くの人が行けるようになり、言葉ではなくカラダで体験できる。チェルノブイリもそうなり、福島もそうならなければならない、と著者は言っている。確かにそうかもしれません。
ぼくたちは、検索を駆使することで無限の情報から無限の物語を引き出すことができる時代に生きています。だからこそ、ひとりひとりが、物語と現実の関係について自覚的でなければなりません。情報だけの世界に生きていると、乱立する物語のなかで現実を見失ってしまいます。新しいモノに出会い、新しい検索ワードを手に入れることで、言葉の環境をたえず更新しなければいけないのです。(p.105)
以下の動画、面白い。
You Tube で公開されているBBCの番組「Hans Rosling's 200 Countries, 200Years, 4 Minutes」(略)
この二世紀で世界の国々がいかに豊かに、そして健康になったのかを、わずか四分間でグラフとともに描き出すすぐれた動画です。この動画を見ると、いま、すごい勢いで、世界中のひとたちの生活水準が均質化されつつあることを実感できます。
(p.127)
著者の本は過去に二冊読んだ。動物化するホストモダン(2002)、思想地図 vol.1 特集・日本(2008)。ともに理解するのに苦労した記憶があるが、この本はそうでもなかった。元が雑誌に連載されたものだからだろう。

★★ 大和の原像 小川光三
何かで(これを特定できないのが最近の私の問題点です)、太陽の道を知りました。色々調べていると、この本に行き着いたのです。1973年に出版されたもの、普段こんな古い本は読まないのですが、どうやらここが出発点のようなので、読んでみることにしました。著者は古文化財の写真を撮っていて、その関係で太陽の道に気付いたようです。なかなか面白い本です。古代史ミステリーのようで、ちょっと間違えると、トンデモ本になりかねないとも思われます。40年以上前の本が参考資料としてあげられているということは、この本の内容が正しいのか、間違っていると証明されていないだけなのか、どちらかを判断する必要すら認められていないのか、門外漢には判りません。ただ、読み物としては、細かな史実や難しい漢字の読みが多少煩わしいことをスルーすれば、結構楽しめました。
私は古代の遺跡と遺跡をつなぐ空間構成を縦糸とし、記紀や風土記を始め多くの伝承や中国の史書、或は考古学や歴史学によって確かめられ、また確かめられつつある事実を横糸としながら、はるか古代の大和の空の下を想像することに努めて来た。しかし始めの「独自」にも述べた通り、私は自分の作品のために、日本の文化の原点や心を知ることが目的であるので、私の推量がどこまで当を得ているかは不明であるし、これを学問的な見地からさらに究明することは私の仕事ではない。しかし撮影に当って今まで専門家の書かれたものを読むにつけ、現在までの古代史学に何か一つ不足しているものがあるように思えてならない。例えばこれまで私が縦糸として求めて来た空間の構成などは、今日までの学問では余り問題視されていなかったばかりか、時としては実証性の薄いものとして、否定される場合さえ見受けられることがある。(p.216)
最後の「おわりに」に書かれているこのことが本書の意図を表しています。確かに、遺跡を繋ぐ空間構成は偶然にしては出来すぎです。邪馬台国の場所まで推測しているのだから、学問的に誰かが探求してもいいのではないか。というか、それを知りたいと思います。それとも、専門化はこの説を相手にしていないのか?
太陽の道も興味深かったが、それ以外にも色々と学ぶことがありました。
河原や中州が清浄の地とされていたことは広く知られている。古社に例をとれば、熊野川の中州にある熊野本宮跡や、伊勢神官を始め大きな神社の社殿の下には、よく河原石の敷石が見られるのも、古い杜が河原にあったことを示すものであろう。また現在も尚その風習の遣っている行事が各所に見られるが、昔は神を拝むとき必ず水に浸って斎戒沐浴(禊(みそ)ぎ)したものである。この禊ぎの簡略化されたものが手水(ちょうず)で、神に詣でる時に行う手水やみたらしはその遺風であり、塩を撒いて清めるのも、塩を波の華とたとえるように、水による禊ぎや祓いの極端な簡略化である。このように河・池・海などの禊ぎ場に接していることが、古い宮の条件であった。(p.25~p,26)
結局どう考えたらいいのか、解明してくれるものが欲しい。

★★ 地方消滅 増田寛也
著者は、建設官僚から岩手県知事(三期)、その後民間人として一年ほど総務大臣になる。この本は様々な統計を使って、人口減少、地方の消滅について書いている。分析の基本は以下・・
地方に行くと、私は「一九七〇年ぐらいまで遡って、この地域の二〇歳代、三〇歳代の女性人口の推移を調べてみてください」と言うんです。いろいろな指標があるけれど、これが一番生々しく現実を理解できる。(p.144)
出産可能年齢の女性の数に注目するのです。たとえ出生率が上がっても、子どもを産む女性の数が減っているのだから、絶対数は増えない。対策を立てて効果が出るまでには何十年もかかるということになる。
で、私は思うのだが、人口が減ったら、高齢化が進んだら、それなりの生活は出来ないのか?
様々な対策が述べられているが、私にはどれも説得力が感じられなかった。ただ分析には脅威を感じることが多い。高齢者も減少している、益々人が都市に集まっている、逆に地方の過疎化が急速に進んでいる。この先どうなるのか、政治家はきちんと取り組んでいるのか、不安になる。
日本の場合、法人税が全国一律ですから、どこにあっても税制面や政府との関係が同じということになると、本社機能を地方に分散させるインセンティブが薄らぐ。海外のほうが税金が安いと言ったら、本社までそちらに移しちゃうという企業も出てきかねない。まさに企業が国の枠を越え、政府を選べるようになったとも言われる。ただ他の国を見ると、それぞれの自治体によって税率を決められたりもする。私はたとえば、東京とその他の地域とで、法人税に差をつけるのも一つの手だと考えています。(p.191~p.192)
この様なことを北陸の方でやっていたような気がするのだが・・・

2010年から2040年にかけての30年、全国各地の、若年女性人口の変化率、の一覧が最後に掲載されている。プラスなのは15市町村だけ。その中には入っていないが、私が住んでいる広島市安佐南区(政令指定都市は区で分けてある)が-1.8%で17位になっている。ちょっと驚き!

★★ MAPS マップス 新・世界図絵
アレクサンドラ・ミジェリンスカ&ダニエル・ミジェリンスキ、作・絵。ポーランドの絵本作家夫妻です。
世界42カ国の地図絵本。地図としてはかろうじてその役割を果たしていると言えるでしょう。絵本としては、食べ物、建物、人物、動物、植物、などなどたくさんのイラストであふれかえっています。なので、煩雑で見づらい所は欠点です。子どもが何度も繰り返し見るのにはいいのかもしれません。

★★★ 新自由主義の自滅 菊池英博
面白い本でした。ケインジアンの立場からグイグイと主張を述べていきます。経済の素人には結構説得力があります。しかし、過去の分析は当たっているのかもしれませんが、それがまた今の状況、これからの状況に適用できるのか、ということになると、私には何とも判断できません。直感的イメージとしてはダメのような気がします。この点に関しては私のような読者を納得させるものがないということです。とはいえ、色々な出来事の見方が変わりました。小泉構造改革、サッチャー、レーガン、FTA、金融緩和、数値目標付きの財政規律、これらのことを著者はよくないことと見做しています。で結局私には謎が深まったのです。資本主義は大丈夫なのか、小さい政府の方がいいのか、著者が批判しているそれぞれの立場の人の意見(水野和夫「資本主義の終焉と歴史の危機」、広井良典「定常型社会」・二年前、「人口減少という希望」を読みました、定常化ということが書いてありました)も聞いてみようと思います。

★★★ 英語化は愚民化 施光恒
著者、施(せ)光恒(てるひさ)は、政治学者である。その立場での発言は貴重だと思う。ことは言葉だけの問題ではないのだ。論理の展開は説得力がある、と思う。私が同じ考えだからそう思うのかもしれないが。
「タタミゼ(tatamiser)」とは、もともとは、フランス語で使われはじめた比較的新しい言葉で(フランス人が)「日本かぶれする、日本びいきになる」「日本人っぼくなる」といった意味である。フランスでは柔道がさかんなこともあり、「畳」が日本のシンボルとなっているのであろう。鈴木(孝夫)氏は、この言葉の意味を少し変えて、日本語が、日本語使用者に与える影響について語っている。海外の日本語研究者や日本語教師、あるいは日本語学習者の問では以前から、「日本語を学ぶと、性格が穏和になる」「人との接し方が柔らかくなる」ということが指摘されていたそうだ。日本語の持つこうした「人を優しくする力」に着目して、鈴木氏は「タタミゼ効果」と名付けた。「日本語、日本文化というのは悪く言えば人間を軟弱にする、よく言えば喧嘩(けんか)とか対立、対決とかができにくい平和的な人間にしてしまいがち」だというのだ。(p.168~p.169) この部分は、「タタミゼ」に惹かれて引用した。先日読んだ本にもこの言葉が使われていた。
日本では言わば「互譲互助」の事前調整型、英語圏では「公正さ」「権利」「コンプライアンス」による事後調整型の規範が発達しやすい。「思いやり」「譲り合い」の道徳と、「自己主張」「公正さ」の道徳の二つは、実社会ではどちらも大切ではあるが、日本社会は、これまで前者に重点を置いてきた。前者に基づく、さまざまな教育の手法、ならびに社会制度が発達してきた。そうであるから、日本では、やはり、まずは「思いやり」「気配り」「譲り合い」の道徳観を子供にしっかりと身につけさせる(体得させる)ことが大切ではないか。そのうえで分別がつき始める中学生以降に、もう一つの道徳観である自己主張と公正さの道徳のあり方を日本と英語圏の文化の相違に触れながら教えるのが、混乱を招かず、望ましいと思われる。また、関係性や反省能力を重視する柔軟な自己のあり方、「思いやり」「気配り」「譲り合い」を大切にする道徳観は、多くの人々の考える「日本らしさ」の核を形成していると言えよう。「言語はツールに過ぎない」という浅薄な観点に立ち、ビジネスの論理先行で、早期の英語教育の導入など日本社会の英語化を進めれば、「日本らしさ」が失われ、多くの日本人が疎外感を感じる日本社会ができてしまうのではないだろうか。(p.173~p.174)
グギ(ケニアの作家)は、植民地体制下では一般に、宗主国の人間は自分たちの言語を、現地の言葉よりも価値の高い一種のステイタス・シンボルにしようとすると指摘する。そして、その影響は現地の人々にも広く及んでしまうと言う。英語をことさら重視することで、現地の言葉は汚名を着せられ、英語と同等に価値があるものと見倣されなくなる。その結果、現地の文化や言語の創造性が損なわれてしまうと、グギは危倶するのだ。(p.191)
英語化を進めていけば、日本は、安定した社会的・文化的基盤を失い、また「翻訳」と「土着化」という従来の国づくりのノウハウも発揮できなくなる。その結果、日本は知的にも経済的にも格差社会化し、国民相互の連帯意識も消失し、ごくごく一握りの富裕層しか各種の選択の自由を享受できない国となってしまうだろう。最近の日本には閉塞感が漂っているとよく言われる。その閉塞感への処方箋がグローバル化だという言説すらある。しかし、ことは逆ではないのか。グローバル化の進展や、グローバル化が抗うことのできない時代の必然的流れだという思い込みこそが、閉塞感をもたらしているのだ。なぜかと言えば、本章で見てきたように日本社会の良さは、グローバル化・ボーダレス化となじみにくいところで成り立っているからだ。安定した社会的・文化的基盤を守りつつ、それを壊さずに外来の知(外国の文化や思想、制度など)を主体的に選別・変容し、うまく取り入れてきたことに日本の良さの多くは由来する。外来の知を、日本社会に合うように土着化(日本化)し、一般国民になじみやすいものとし、多くの人々が近代化の果実を格差なく享受できるようにしてきたところに日本の国づくりの強みが見出せる。だが英語化が進めば、安定した社会的・文化的基盤を保ちつつ、近代的国づくりを支えてきた巧みな外来の知の受容の手法はとれなくなってしまうのだ。(p.197~p.198)
本書は、外国語の能力に優れた者が外来の知を積極的に学び、「翻訳」することの重要性を繰り返し強調している。中世から近代に向かう過程のヨーロッパでは、ラテン語から「土着語」への知識の摂取が行われたことで、各国民の自尊心と政治・文化への参加の自覚が育まれ、それが近代化の原動力となった。明治期の日本においては、世界の最先端の知が日本語に「翻訳」され、庶民がアクセスしやすい形で広められ、そのおかげで近代化は成功をおさめた。専門的な外国の用語が優れた翻訳者たちの手で日本語化されたために、国民一人ひとりが、知的に成長し、高度な政治や経済の場にも参画することが可能となった。その結果、日本語を母語とする人々の間に強い連帯意識が生まれ、日本は近代的な国民国家の精神を存立させることができたのである。そうした日本語による国づくりを明治のエリートたちは自覚的に選択した。エリートのこの選択と翻訳者たちの努力がなければ、エリート言語としての英語の使用者と、つまらない卑近なものと低く見られる日本語の使用者とに社会は分断されたままだったろう。日本の国力は低いままで、西欧列強に飲み込まれていたかもしれない。(p.238~p.239)
森有礼の「日本語廃止論」に、意見を求められた外国人が同意しなかったという話は面白い(p.68~p.73)
註に出典を記し、論文のようであるが、そして、書かれていることにほぼ異議はないのだが、一方的な立場から書かれているという感は否めない。英語化を進めている人の反論を聞きたい。

★★ せまいぞドキドキ ヨシタケシンノスケ
二つ下の「トリセツ・カラダ」に貼り付けている絵(マンガ)を書いたイラストレーターの本。狭い所が好きな著者が狭い所をテーマにした話。面白かったものを一つ、押し入れについて。
人間、生きていればモノはどんどんたまります。少しずついろいろ捨てていかなくてはいけません。でも「使わないから」といってポンポン捨てられないのもまた人間です。そんな時、役に立つのが押し入れなのです! けっこう大切なものも押し入れの中に数年入れておくだけでアラフシギ! ホラ! ゴミに変わっています! (略) つまり「捨てにくいもの」を「ゴミになるまで熟成させる場所、それが押し入れなのです。(p.69~p.70)
食にまつわる思い出を書いた、思い出し御膳、がオマケに付いてます。

★★ 瞽女(ごぜ)うた ジェラルド・グローマー
うたそのものについての記述が残念ながらあまり多くない。かなり多くのページが歴史について割かれている。福祉問題の視点からも論じられている。それはそれで面白かったが、心に迫るものは少ない。紹介されている多くはないうたの中から面白いと思ったものを一つ。

せんよ[千夜か](いくよ)通(かよ)ても逢われぬ時は
ご門とびらにソリヤ文(ふみ)を書く
ご門とびらにソリヤ文を書く

ご門とびらにソリヤ文を書く時は
すずり水やらソリヤ涙やら
すずり水やらソリヤ涙やら
 (p.19~p.21)

瞽女うたには様々な種類があるようで、聴き方もいろいろ。
地方在住の農民が明治まで培ってきた「特有の聴き方」は、それぞれの時代にふさわしい聴き方ではあったろう。それらの歴史的文脈を顧慮せずに無理矢理復元しようとすれば、かならずや時代錯誤に陥る。我々は復古ではなく現代の聴き方を探らなければならない。古き時代へのノスタルジーの虚妄に浸ることなく、過剰評価することなく、いまや一種の異文化として生き続ける瞽女唄を、絶えず変わる歴史的現象として聴くこと。そうしてはじめて瞽女唄の真の意味が我々の耳にも聞こえてくるであろう。(p.30) これは序章。以下が結論。導き方が性急で説得力に欠ける。
瞽女唄を保存し、演奏し、テレビで放送し、資料を博物館で展示し、言葉でその面白さを宣伝することは、場合によっては大きな意味を持ちうるかもしれない。しかし、それだけでは決定的に不充分である。なぜなら、これらの保存、演奏、放送、展示、宣伝などといった活動は、すべて瞽女唄を絶滅の淵に追いやったのと同じ社会に由来する組織的な営みにほかならないからである。問題は、これらの社会的営為と生きた文化との間に潜む矛盾にある。この矛盾を根本的に間い直し、変えてゆくことによって、はじめて現代人にふさわしい瞽女唄の意味が、かすかに聴こえてくるであろう。(p.227~p.228)
最後に、あとがきにある外国人である著者の弁。
三十年前にある図書館に置かれた瞽女唄のレコードに出会ったことに始まり、以後一介の鑑賞者、研究者として一歩一歩瞽女唄と取り組んできた私にとって、「外国人と曹女唄の出会い」といったテーマを面白おかしく展開することは、とうていできることではなかったのである。十時氏(岩波書店編集部)ははじめから、ありもしない「外国人の立場」から見た瞽女唄の解説などは望まれなかった。また、氏は「西洋音楽一辺倒の日本人は昔の文化の良さを忘れている」といったマスメディアで繰り返し強調される紋切り型のメッセージを世に送るよう、私に要請することもなかった。日本人がバッハやショパンを研究し、西洋音楽史の授業を受け持つことに、何ら違和感がなくなつた今日でも、なぜか日本では、外国人による日本音楽の研究にはなにか特別の理由と特別の自己弁護を求めるきらいが、なお広く存在しているように思われる。(p.231)

★★★ トリセツ・カラダ 海堂尊
副題、カラダ地図を描こう。後から発表された「トリセツ・ヤマイ 」を先に読んで、この本を読むかちょっと悩んだ。しかし、心配はいい方に裏切られ、結構楽しく読めた。副題にあるように、この本の目的はカラダ地図を描くこと。カラダを細かく分けていき(解説し)、それらをもう一度元のところに収める、という手順を踏んでいる。基本的なことではあるが、判りやすく面白かった。ヨシタケシンノスケ、が絵を描いている。微笑ましく楽しいもの、理解に役立つもの、茶化しているもの、などなど、この本の魅力を大きくしている。

(p.169)

生きることは、死ぬことの反対だ。生きるというのは、息をしている、心臓が動いている、ものを考えることができる、ということだ。その逆が死ぬこと。死ねば息をしなくなる。心臓が止まる。意識がなくなる。昔の人は「死」を、呼吸停止、心拍停止、瞳孔散大(どうこうさんだい)を調べて決めた。それを死の三徽候と呼ぶ。息をしなくなる呼吸停止。心臓が動かなくなる心拍停止。瞳孔散大は対光反射(たいこうはんしゃ)の消失を意味し、これは脳の活動停止だった。ところが医学が発達し、昔なら死んでいたヒトが死ななくなった。たとえ呼吸が止まっても人工呼吸器でサポートできるようになった。そこで意識消失を、死の重要な要素にしようと考える人たちがいて、脳が死んだらそのヒトの「死」にしょうというルールに変えた。これが「脳死」だ。脳死ルールを決めた理由は、脳死したヒトの臓器を他のヒトに移植するためだ。(p.168)
君自身の死は、君自身にはまったく関係がないことだ。なぜなら死んだ時、君は自分でそのことを考えることができないから。つまり死とは生き残った他の人たちの概念になる。だからたぶん、死んだ人をどう扱うかというところに、他人にどう接するかという基本的姿勢が現れる。死ねば意識がなくなる。嬉しいも悲しいも、痛いも苦しいもなくなる。ということは君自身の死は、君にとってはどうでもいいことなわけだ。自分が死んだ後のことは考える必要はない。それは他の人がやってくれること。そう、実は君の「死」は、生き残った他の人たちの問題だ。では君は「死」について何も考えなくてもいいのだろうか。それも違う。なぜなら誰もがみんな死ぬから、そういう普遍(ふへん)的なことについて考えなくていいわけがない。それならどうすればいいのだろう。その答えはたぷん、他の人が死んだら自分が何をすればいいか、考えることだ。それは自分が死んだ時にどうして欲しいかを考えることにつながってくる。(p,171)
最後に著者の日頃の主張、Ai (オートプシー・イメージング)、つまり、死体の画像診断、をやろうと言っている。これに関しては全くその通りだと思う。死者の遺族にとっても、医学の進歩にとっても、何故死んだのかを明確にすることは悪いことはないだろう。

★★★★ 私家版・ユダヤ文化論 内田樹
久し振りの内田樹。先ず、「はじめに」にある以下の論考は素晴らしい。
私が本書で論じたのは、「なぜ、ユダヤ人は迫害されるのか」という問題である。そのことだけが論じられている。この間いに対しては、「ユダヤ人迫害には根拠がない」と答えるのが「政治的に正しい回答」である。だが、そう答えてみても、それは「人間はときに底知れず愚鈍で邪悪になることがある」という知見以上のものをもたらさない。残念ながら、それは私たちにはすでに熟知されていることである。/この間いに対して、「ユダヤ人迫害にはそれなりの理由がある」と答えるのは「政治的に正しくない回答」である。なぜなら、そのような考え方に基づいて、反ユダヤ主義者たちは過去二千年にわたってユダヤ人を隔離し、差別し、追放し、虐殺してきたからである。ユダヤ人問題の根本的なアポリアは「政治的に正しい答え」に固執する限り、現に起きている出来事についての理解は少しも深まらないが、だからといって「政治的に正しくない答え」を口にすることは人類が犯した最悪の蛮行に同意署名することになるという点にある。政治的に正しい答えも政治的に正しくない答えも、どちらも選ぶことができない。これがユダヤ人問題を論じるときの最初の(そして最後までついてまわる)罠なのである。この罠を回避しながら、なおこの間題に接近するための方法として、私には問題の次数を一つ繰り上げることしか思いつかない。今の場合、「問題の次数を一つ繰り上げる」というのは、「ユダヤ人迫害には理由がある」と思っている人間がいることには何らかの理由がある。その理由は何か、というふうに問いを書き換えることである。(p.6~p.7)
著者の論理の展開は独特である。頭の中に幾つか引き出しを用意して読まないと、理解が困難になる。
日本にユダヤ人を存在させたのはスコットランド人の宣教師ノーマン・マクレオド(Norman McLeod)という人物である。彼は日本におけるフィールドワーク(何を調べたのだろう?)の結果、日本人はユダヤの「失われた十部族」の末裔であるという奇想天外な説を発表した(一八七五年)。これがその後現在まで語り伝えられる「日猶(にちゆ)同祖論」の起源となった。(p.64)
日本人とユダヤ人の関係、この辺りの説明は面白い。
帰納法の長所は、一度仮説を立てた後は、その仮説に合致する事例だけを選択的に収拾すればよいので、知的負荷が少ないということにある。帰納法の欠点は、一度仮説を立てた後は、その仮説に合致しない事例から観察者は無意識に視線をそらすことができるということである。チャールズ・ダーウィンは自分の理論に合致しない事実は必ずノートに記録しておくルールを自らに課していたが、それは自説に合致しない事実はかの天才の記憶力をしても長くとどめることができないことを彼が知っていたからである。帰納法的推理の最大の欠点は、かりに過去のすべての事例に当てはまる法則があったとしても、それが未来の事例にも当てはまるかどうかを権利的には言うことができないということにある。デヴィッド・ヒユームという哲学者がいて、彼は「前日まで毎日太陽が東から昇ったという事実は、翌日も太陽が東から昇るであろうという予測を基礎づけない」と言ったことで知られている。(p.109~p.110)
数学的、が付いていない帰納法は、確かにそうなのだろう。
ユダヤ人たちが民族的な規模で開発することに成功したのは、「自分が現在用いている判断枠組みそのものを懐疑する力と『私はついに私でしかない』という自己繋縛性を不快に感じる感受性」である。(p.178)
そのつどすでに遅れて世界に登場するもの。〔この一文のすべての文字に筆者による傍点〕/それがユダヤ人の本質規定である。少なくともサルトルとレヴイナスという二十世紀を代表する哲学的知性がユダヤ人について唯一意見が一致した点である。この「始原の遅れ」の覚知こそが「ユダヤ的知性」(というよりは「知性そのもの」)の起源にあるものなのである(たぶん)。(p.189)
段々すんなりと頭に入っていかない。
フロイトが「外傷」という言葉で指したのは、私の神経症の病因でありながら、私が決して「それ」と名指すことのできない経験のことであった。私は「それ」を決して主題化することができない。私の人格特性や語法そのものが、まさしく「それ」を意識できないように構造化されているからである。私がもし「それ」を語り得たとしたら、私はもう「私」ではないし、「それ」はもう「それ」ではない。そのように私の記憶の正史から排除されているがゆえに決して私によっては語り得ない経験、それをフロイトは「外傷」(Trauma)と命名した。(p.222)
レヴイナスにおいて、隣人愛の倫理を究極的に基礎づけるのは、私に命令を下す神ではなく、神の命令を「外傷的な仕方」で(つまり間違った仕方で)聞き取ってしまった私自身である。人間は間違うことによってはじめて正しくなることができる。人間はいまここに存在することを、端的に「存在する」としてではなく、「遅れて到来した」という仕方で受け止めることではじめて人間的たりうる。そのような迂路によってレヴイナスは人間性を基礎づけたのである。ユダヤ人はおそらくその民族史のどこかで、この「不条理」を引き受けられるほどの思考の成熟を集団成員へのイニシエーションの条件に課した。(p.225)
勧善懲悪の全能神はまさにその全能性ゆえに人間の邪悪さを免責する。一方、不在の神、遠き神は、人間の理解も共感も絶した遠い境位に踏みとどまるがゆえに、人間の成熟を促さずにはいない。ここには深い隔絶がある。この隔絶は「すでに存在するもの」の上に「これから存在するもの」を時系列に沿って積み重ねてゆこうとする思考と、「これから存在させねばならぬもの」を基礎づけるために「いまだ存在したことのないもの」を時間的に遡行して想像的な起点に措定しようとする思考の間に穿たれている。別の言い方をすれば、「私はこれまでずっとここにいたし、これからもここにいる生得的な権利を有している」と考える人間と、「私は遅れてここにやってきたので、<この場所に受け容れられるもの>であることをその行動を通じて証明してみせなければならない」と考える人間の、アイデンティティの成り立たせ方の違いのうちに存している。どうしてこのような文明的なスケールの断絶が古代の中東で生じてしまったのか、私はその理由を知らないし、想像も及ばない。私たちに分かっているのは、このような不思議な思考習慣を民族的規模で継承してきた社会集団がかつて存在し、今も存在し、おそらくこれからも存在するだろうということだけである。(p.228~p.229)
色々な意味で刺激を受けました、ユダヤ人に関して、思考方法について、生について。

★★ 実践!仕事論 小山薫堂・唐池恒二
くまモンの生みの親、放送作家、脚本家、などなど多彩な活躍をしている、小山薫堂。ななつ星in九州、を走らせた、JR九州の会長、唐池恒二。この二人の対談です。一般的に対談は、お互いに認め合った二人がやることが多く、白熱した議論になることは少なく、どちらかというと、相手のいい所を褒めることばかり。まあ、そうでないと対談なんかしないでしょう。この本にもその傾向は見られますが、そうひどくはありません。ただ、二人が言っていることは至極真っ当なことです。凄い仕事の極意が開陳されているわけではありません。とはいえ、それを実行できるのは並大抵のことではないでしょう。一つの成功が次に繋がり、次々にいい連鎖が起こっていると感じました。二人ともスーパー仕事人だと思います。
【唐池】全国の過疎化は、交通が便利になればなるほど進んでいく、という皮肉な側面も持つています。たとえば、1975年から、福岡空港と対馬空港の間を飛行機が飛ぶようになったんですね。そうしたら、6万人近くあった対馬の人口が、雪崩をうって落ちていった。交通が便利になると、大都会に出て行ったきり、戻って来なくなってしまうんです。(p.109) 対馬は私の父の出身地です。この考察は一面的すぎると思います。
【小山】僕は、いま実施されている「ふるさと納税」にはあんまり賛成していないんです。というのも、あれ、納税とうたってはいるけど、納税じゃないじゃないですか。寄付控除が受けられるというただの寄付行為ですよね。納税って言っちゃいけないと僕は思うんですけど。一方で、実は、「ふるさと納税」では、ソフトバンクの子会社がものすごく頭のいいビジネスを始めています。寄付のお礼に、各役所がうちの町はこんな特産物を発送しますとやっているわけですが、その手間が大変らしいんです。で、その会社は情報公開から納税申し込みまでを代行します、とスタートした(ポータルサイト「さとふる」)。それで、手数料を自治体からもらうわけです。自治体は給料を払って人を雇う必要はなくなり、一定のパーセンテージだけその会社に対して代行料を支払う。この会社は、各地域の名産品をネットで売っていくアライアンスをつくって、ふるさと納税を入り口にして地方物産館をつくる、というビジネスも生み出したんです。(p.153~p.154) こんな商売があるのですね。感心しました。
【唐池】災害で一番恐いのは水です。海の水もそうだし、川の水も、津波の水も、雨もそうなんだけど、みんな恐い。たくさんのエネルギーを持った災害の親分ですよね。火事とかよりずっと恐い。水との闘いが人類の歴史そのものですよね。(略)その水に対して、堰(せ)き止めよう、なんてことを考えると、かなりの確率で負けますよね。水に対して真正面からぶつかると負けるんです。だから水に対しては、うまく流す、うまく逃がすという治水方法をとらないといけないんです。(略)【小山】僕は、防災という言葉が、なんかその、そもそも奢っている気がするんですね。まあ、災いという言葉が使われるときは、あくまでも人間にとっての災いじやないですか。(p.200~p.202)

★★ イスラム戦争 内藤正典
副題、中東崩壊と欧米の敗北。イスラム教のなんたるかを理解している著者が現状を分析し、処方箋を書いている本。その主張を私なりに要約すると:現在の混乱を作ったのは欧米が過去においてこの地域を間違ったやり方で支配し、その矛盾が露呈すると欧米的な論理で収拾しようとしたため、ということになる。武力で押さえつけることは不可能で、日本の集団的自衛権行使の動きは中東問題を含め、時代の要請に逆行することだと言っている。共感できる所も多いが、根本的にイスラム教の考え方が私には理解できない。というか、そもそも宗教というものがわからない。こんな人間は宗教がらみのことをどう考えたらいいのだろうか。
ユダヤ教の教えからすれば、本来、イスラエルはまだ存在するべき国ではないという考え方があります。この世が終末を迎えたときに初めて、ユダヤ教徒たちの王国が地上に出現して救われる、というのがユダヤ教の教えの原点にあるからです。以前、イスタンプールで会った首席ラビ(ユダヤ教の聖職者)は、私にこう言いました。「まだ終末も来てないのに、イスラエルなんぞ作るから諍(いさか)いが起こるんだ!」と。つまり建国が時期尚早だったと考えているのです。私たちは、こうしたユダヤ教徒の声も知りません。(p.104)
いかに自称イスラム国であり、自称カリフであったとしても、一九世紀から二〇世紀にかけて中東を好き勝手に分割し、支配し、憎しみの種を蒔(ま)いたイギリスとフランスが作り上げた領域国民国家を否定することには相応の理由がありますし、この点を支持するムスリムは中東に大勢います。イスラム国とは異なる新たなカリフを待望する声も、今では相当に広がっています。(略)イスラム国の主張では、随所に、これまでイスラム世界がこうむってきた弾圧と差別に対して、世界中のムスリムに立ち上がるよう呼びかけています。カリフがいなくなってしまってから、ムスリム社会がいかに弱体化し堕落していったかという根本的な問題をずばりと指摘しているのです。(p.238)
特に、イスラム世界で起きている現在の混乱において、軍事力の行使は、紛争解決に責献しません。国家対国家の戦争ではなくなつたからです。米国と有志連合は国家の連合。対するイスラム国をはじめとするイスラム武装勢力は、国家ではありません。すでに書いたとおり、アメリカが言い出した「テロとの戦争」は、国家対テロ組織の戦いですから、完全に「非対称の戦争」だったのです。非対称の戦争では、いったい、誰に向かって宣戦布告をし、誰が降伏文書に調印するというのでしょう。(p.240~p.241)

★★★ 日本人の知らない日本語3 蛇蔵&海野凪子
3、も読みました。面白くて、日本語や異文化について色々学べます。
ドイツ人が日本で始めてみたもの バームクーヘン 旧東ドイツの地方の郷土菓子なのでドイツではあまり知られていません (p.20) とのこと。
在日20年のオーストラリア人が生み出した「日本人に逃げられない話し方」 いきなり話しかけず頭に「え~っとね」をつけるだけ!! (p.29) これは確かにいい方法でしょう。
手習歌 二種
【 あめつちのうた 】 (十世紀前半以前に成立?)
あめ つち ほし そら やま かわ みね たに くも きり むろ こけ ひと いぬ うへ すゑ ゆわ さる おふせよ
えのえを なれゐて 
(天 地 星 空 山 川 蜂 谷 雲 霧 室 苔 人 犬 上 末 硫黄 猿 生ふ為よ 榎の枝を 慣れ居て)
【 いろはうた 】 (十一世紀後半頃の成立?)
いろほにほヘと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやまけふこえて あききゆめし ゑひもせす
(色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢みじ 酔ひもせず)
(p.62)
【あめつちのうた】が成立した頃には、ヤ行の「エ」が入っていて、四十八文字。その後、この「エ」は消滅。
指で数を数える方法、中国、フランス、ロシア、インド、など色々あって面白い。(p.80~p.82)
残念ながら言葉で説明するのは私の能力を超えています。
スペイン人が日本で初めて見たもの と思われがちだがそうでもないもの こたつ
アンダルシア地方にはこたつがあります!! スペインのはもちろん様式コタツです
(p.150)
最近日本にもある椅子タイプのもの。
マンガという表現方法を駆使して、効率的に様々な内容を伝えています。
4 特別編 In ヨーロッパ、なども出ているようです。読んでみよう。

★★ 語源に隠された日本史 武光誠
日本の歴史に絡めて語源について書いた本。「日本史」というタイトルは少々オーバーな感じがする。歴史が書かれているわけではない。歴史はオマケ、語源が中心である。そもそも、語源にはたいてい何らかの歴史が隠されているのではないか。ともあれ、なかなか面白い内容だった。雑学的な知識である。
「坊ちゃん」という言葉は、子どもの坊主頭からきたものだが、麻呂も丸も、子どもが頭を丸めたありさまをさすものだったのである。だから、古代語の「麻呂」は「お坊ちゃん」をあらわす語なのである。そして、「麻呂」とよばれていた子が大人になつたとき、「麻呂」の前に好きな字をつけて、大人としての名前をつくつたのだ。たとえば、阿倍仲麻呂の名前は、「どちらにも偏らない中庸の人間になりたい」という考えからつけられたものだ。(p.69)
中国では、九郎、十郎までくると、その下の子を十一郎、十二郎とよんだ。ところが、日本では、十一郎以下の名前は使われなかった。十以上の場合は、「余りが一つ」「余りが二つ」と考えたのだ。そこで、十一男は余一郎、十二男は余二郎とよばれるようになった。しかし「余った子」 では気の毒だ。そこで、「余」の代わりに「与」の字を使うこともあった。源平の星島の合戦で、ゆれる舟の上の覇の的を射落とした」那須与一という弓の名人がいる。かれは一一番目の男子であったために、与一といわれた。また、姓の一字を太郎などの前につけて、ほかの家の者と区別することもあった。源氏の長男を源太郎、次男を源次郎、平氏の長男を平太郎、次男を平次郎といったりしたのだ。/さらに、このような三字の名の「郎」が落ちることもあった。石橋山の合戦で、源頼朝と戦った大庭平三景時(おおばへいざかげとき)は、平氏の出身で三男だったので「平三」と名のったのだ。中世には、「次郎の三男」という意味で、父の通称をも重ねて用いる「次郎三郎」のような呼び名が使われることも多い。(p.112~p.113)
連歌の終わりの七七の句を「挙句」ということから、物事の終結を「挙句」といい、さらに、本当に終わりという意味を込めて、「挙句の果て」というようになったのだ。連歌は室町時代に京都の知識人のあいだで流行したが、この時代から地方を巡って連歌を教える連歌師の活躍が目立つようになつた。そのおかげで各地で戦国大名やその家臣の社交の場として、連歌の会がさかんに開かれるようになつた。「けりがつく」という表現も、そこから派生したものだ。和歌(連歌)の終わりには、「~けり」の語がつけられることが多い。そこで、挙句を詠み終えて安堵(あんど)したときに「けりがついた」とか「けりがつく」といったのだ。(p.151)

★★★ 段々畑 原田政章
著者三冊目の写真集。前二作とあまり重なる所もなく、愛媛県西部、宇和島周辺の暮らしを見事に記録している。今回は昭和30年代が中心。高度成長が始まる辺り、めまぐるしい競争社会に取り込まれる前、気持ちに余裕があり、厳しくも充実した生活がうかがわれる。懐かしい思いに心動かされる本です。以下はあとがき:
生活物資が乏しく、質素、倹約は美徳とされた時代は遠ざかり、今は、不況といわれながら「国民よ、もっと消費せよ」と政府が奨励する飽食で使い棄てのご時世である。文化度こそ進んだが、戦後の貧しさを体験していない今の若い人に、平和で豊かな現在の生活の有り難さの分かりようがない。過酷な労働の中で、ささやかな喜びを見つけて感謝の気持ちのあった昔の人とは、感じ方に開きがある。豊かになった分だけ幸せが増えたわけではなさそうだ。段々畑の暮らしを撮影した当時は、都会で働く村出身の人たちが、貧しい田舎生活を見られて肩身の狭い思いをしないかと、発表を遠慮していた。今、若い人たちに写真を見せると、みんなが郷土に誇りをもち、都会の人がうらやむ世の中になった。段々畑で働く味のあるお百姓さんの顔を思い浮かべながら写真集を作り、激動した戦中、戦後をふり返ると複雑な思いがする。これでやっと、郷土に住む写真人としての責任の一端を果たしたようで、肩の荷を下ろした気持ちになった。私がお会いしたすべての方の御指導と御協力に、深く感謝しお礼申し上げます。二〇〇〇年四月

★★★ 日本人の知らない日本語2 蛇蔵&海野凪子
面白かったので、シリーズ二冊目。日本語は難しい、文化は様々、ということを楽しく紹介。
「忍者」=「透破(すっぱ)」が素早く情報を手に入れるさまから「スッパ抜く」と言われるようになった (p.10)
ら抜き言葉は何故できたか、一段活用とカ行変格活用は、「可能」と「受け身・尊敬」が同じ、混乱しやすいので、「可能」が「ら抜き」になった。日本語の乱れと言うより必然、という説もある。(p.27~p.28) 成る程。
これに関連して、レタスとサイレ (p.32~p.33) も興味深い。
口を「あ」と開けているのが獅子「阿形」口を「ん」と閉じて角がある方が狛犬「吽形」「阿」はサンスクリット語の最初の文字、「吽」が最後、「阿吽」セットで"物事の始めから終わりすべて"という意味。(p.53)
畳化したと思うとき、というコラムが面白い。10ほどある。特に面白いものを。
【畳化(たたみか)】 tatamiser (タタミゼ) フランス語の新語。外国人の「日本化」を指す。(p.20)
餃子と言えば焼き餃子だと思うとき (p.76) 中国人は古くなった餃子を焼く。
自販機にお札をいれるとき
そしてしゃべったり光ったりしても驚かなくなったとき
イタリアの自販機は大概壊れておいるので怖くてお札なんか入れられません (p.90)
外国人を見て「あ、外国人だ」思うとき (p.104)
あいまいな回答をしてしまうとき (p.118)
3も読もう。

★★ 地球がもし100cmの球だったら 永井智哉
21世紀になった頃、「世界がもし100人の村だったら」という本が流行った。何冊も続編が出て、似たような本も続く、日本村100人の仲間たち、日本がもし100人の村だったら、世界がもし100年の物語だったら、など、私も結構読んだのです。100を基準にすると、判りやすくなるのは確かだと思います。そしてこの本、同じ頃に出たものですが、知りませんでした。タイトルから判るように、理系的なアプローチです。簡単に言ってしまうと、かけがえのない地球を大切にしようという趣旨の本。何故今頃読んだのか、先日朝日新聞の天声人語で言及されていたからです。

★★★ 日本人の知らない日本語 蛇蔵&海野凪子
日本語教師の海野凪子が学校で経験したことを、蛇蔵がマンガにしたもの。日本語の面白さ、難しさ、異文化との対比、などを楽しく読むことが出来る。
以前、中国人の学生に野菜の名前を教えている時「ダイコンがなかなかわかってもらえなかったので、漢字で書いてみました。ところが全然通じません。実は中国語とは発音も漢字もまったく遣っていたのでした(中国語では夢ト、発音はルオーヴォだそうです)。「ダイコン」は和語(中国の「漢語」が入ってくる前から使われていた日本古来の語)で「おおね」と言い、この「おおね」に漢字をあてはめ、「大根(おおね)」になり、「大根」を「おおね」と読まずに書読みで「ダイコン」と読むようになりました。このように日本語を漢字表記にし、それを音読みにしたものを「和製漢語」と言います。日本人にしてみれば「みんなまとめて『漢字』」ですが、こまかく見ていくといろんな違いがあったんですね。(p.86)
漢字クイズ、鳩と蚊と鴉と猫の共通点は? 鳴き声! 鳩は「九(クー)」、蚊は「文(ブンブン)」、鴉は「牙(ガー)」、猫は「苗(ミョウ)」。(p.96~p.99)
中国人学生が三国志を知らない! 劉備、諸葛孔明などを日本のゲーム「三國無双」のキャラだと思っていた。(p.103)
著者が入院したとき、お見舞いに仏花を持ってきた。(p.110) ――これは私にも経験がある。アメリカ人を家に招待したとき、仏壇に飾る菊を持ってきた。無理もないことでしょう。
続編があるようです。読んでみよう。

★★★ いちえふ 竜田一人
福島第一原子力発電所労働記(1)、マンガです。
(2)を先に読みました。図書館で同時に予約して、(1)の方が二ヶ月以上遅れたのです。(1)(2)を逆に読み、(2)を読んだのがかなり前、作品が時間順に描かれていないこともあり、理解するのに手間取りました。マスコミの報道では判らないことが色々描かれていて、現場で働く人の大変さがよく判ります。偉い人が、原発事故は収束した、と言いましたが、とんでもない発言です。あと何年かかるか、本当に収束するのか。原発が再稼働し始めましたが、大丈夫なのでしょうか。事故が起こらないとしても、廃棄物はどうなるのか。問題山積です。

★★★★ 宇和海 原田政章
著者の「由良半島」という写真集を見て、これも読んでみようと思った。
宇和海は、由良半島を含む、佐多岬から高茂岬のかけての海域で、美しいリアス式海岸になっている。前著以上に、この地域の生活を余す所なく写し取ったものである。穏やかに、ときに激しく、当時の生き様を蘇らせ、心を揺す振る。今の日本が失った大切なものを思い出す。確かに我が国は良くなったことも多い。しかし、悪化したことも又少なくない。進歩とは、幸せとは、などという青臭いことを考えてしまった。

★★ ひたすら読むエコノミクス 伊藤秀史
「ひたすら読む」、と言う言葉が付いているのは、経済の勉強には数式、数学が必要だが、入門者、初心者には判りにくくなるので、ひたすら言葉で書いた、ということだそうです。私も経済の勉強をしたくて色々な本を読みましたが、未だモワッとした状態が続いています。ただ、マクロ経済とミクロ経済を一緒にしてはいけないというようなことが書いてあり、この辺りが私の問題点なのかもしれないと思いました。個々の様々な具体例は判りやすく面白いものがあります。
「積み上げ型」ではなく,年俸制のように業績を直ちにかつ一時的に反映させると,従業員を大きなリスクに直面させることになります。ある年度の優れた業績の見返りを次の年度に集中して与えてしまうと,その次の年度の所得が大きく変動するリスクが生じるからです。たとえ従業員が同じように仕事をこなしていても,彼/彼女にはどうしようもない要因によって,その次の年度の所得が大きく減少することが起こりうるわけです。この結果,制度の公平感が失われ,従業員に多くのリスクを負担させる会社の場合には,平均的に十分高い給与を支払うことが必要になってきます。一方,会社が従業員のリスクを負担する役割を担い,ある年度の優れた業績の見返りを,次年度以降の長期間にわたって給与のベースアップという形で分散させてしまえば,従業員のリスク負担は軽減され会社は平均的給与水準を下げて人件費を節約することができます。その結果,ある年度の従業員の給与は,それ以前の評価の見返りを少しずつ反映することになり,「積み上げ型」となるのです。(p.122~p.123)

★★ トリセツ・ヤマイ 海堂尊
「トリセツ」が取扱説明書の短縮形だと初めて知った。最近は理解できない日本語が多い。
病の取扱説明書、というよりは、病の説明、病の羅列、と言った方がいいだろう。よくぞこれだけの病名を挙げたものだと只管驚いた。個々の病名について一応説明はあるのだが、素人には(私には)ほとんど理解できない。あれだけサービス精神に富んだ小説を書く著者が、この本に関しては読者の能力を無視している。全般的な解説は判りやすくまとめてあり、為になった。「トリセツ・カラダ」も読むつもりだったが、どうしようか。
基礎代謝を上げるとダイエットできるというのは事実だが、見方を変えると、同じ栄養価で実施できる行動量が低下することだから、「基礎代謝が高い=燃費が悪い」ということになる。(p.60)

★★★ 暗号が通貨(カネ)になる「ビットコイン」のからくり 吉本佳生・西田宗千佳
情報技術面は、西田、経済面は、吉本、が執筆、なかなか良いコンビです。。副題:「良貨」になりうる3つの理由
「はじめに」に以下の記述があります。
ビットコインのような暗号通貨は、技術的にみても、経済社会システムのひとつとしても、十分に成立・安定・発展する可能性があると、筆者たちは考えるようになりました。あくまで「可能性」であり、また、暗号通貨が成功した未来でその中心にあるのは、いまのビットコインではなく、改良型の暗号通貨かもしれません。しかし、キプロスの金融危機がビットコインの人気につながったように、世界経済の動向のなかで、ビットコインを資産運用(投資、投機)対象とみる人が広がる可能性はあります。なにより、もしビットコインのような暗号通貨の利用が一般化すれば、少額の国際決済(けつさい)が簡単になります。これほどグローバル化が進んだ現代でも、3000円相当の外貨を海外の誰かから受け取ろうとすると、じつはむずかしいという事情があります。手数料が高すぎて、銀行を通じての送金が事実上使えないからです。つまり、暗号通貨にはニーズがあります。背後に、大きなビジネスチャンスがあるのです。しかし他方で、筆者たちもふくめて多くの人が疑念と不安を抱いています。(p.7)
ほぼこのことについて本文に書かれていると言っていいでしょう。数理暗号・情報技術に関しては、十分理解できたとは言えませんが、ビットコインがどのように作られているかは判った、という気がします。通貨制度については、基本から説明され、成る程と思うことが多々ありました。これから通貨制度がどうなるか、ビットコインのような暗号通貨を含め、ここ最近の科学技術の進歩を考えると、驚くような進化があるかもしれません。

★★ 鏑木清方 江戸東京めぐり 宮﨑徹
はじめに、にある著者の言:
明治の東京をこよなく愛した清方の絵と随筆によって、当時の残り香を求め、東京をめぐってみたい。(p.13)
私は、今の東京も巡るものと勝手に思っていた。確かにその意図もあるようで、今の地図で絵の描かれた場所を示したり、現代の東京の写真も入れてはある。しかし、全てにではなく、写真は少なく小さい。まあ、鏑木清方の絵で東京を巡ることには無理があるのだろう。残り香を求める、という表現は実に適切である。日本画は心を大きく揺すぶるものではない、と私は思う。部屋に飾っておくと、落ち着いた雰囲気を醸し出す。我が家の居間のカレンダーは、永年山種美術館のものになっている。心が穏やかになる。この本の絵も、そのようなもので、明治の東京を、日本を偲ばせ、それはそれで楽しかった。ドキッとした絵が二点、101ページにあるほぼ同じ構図のもの、読書を中断した女性が小机に肘をつき、灯りに寄ってきたコオロギを見詰めている、というもの。秋夜読書、こほろぎ、というタイトル。女性の顔、髪型、着物の柄、本の表紙、は違うが、女性の雰囲気は共通している、清方が描く他の女性とは違っていて、凄く魅力的、庶民的、なおかつ、艶めかしい、惹き付けられます。

★★ ニッポンの絶景鉄道
写真(と文):山梨将典小川秀一富田文雄山梨勝弘佐藤尚
日本の絶景の中に鉄道が入っている写真、ということは、鉄道が主役ということになる。確かにそうと思える写真は多くあるが、そこに執着する必要を感じないものもある。63枚の写真、5名の写真家、同じ場所が二三あり、愛好家(専門家)にはよく知られた所なのだろう。説明を読んでいても、そのような場所がかなりある。現地に行くとカメラマンが列をなしているのか。また、何処から撮ったのだろうと思うものもあり、そのことに言及のないことが多く、秘密の場所、公開してはいけない場所かもしれない。東日本はほとんど行ったことのない所だが、西日本は馴染みの所が多い。しかし、行ったとしても、普通には見ることが出来ない角度で切り取ってあったり、あるいは、ある季節の真っ盛り(紅葉が多い)であったりで、充分に楽しめた。

★★★ (人生の贈りもの)わたしの半生、写真家・作家、藤原新也 朝日新聞連載

本ではないが、朝日新聞に掲載されているシリーズ「(人生の贈りもの)わたしの半生」に、「写真家・作家、藤原新也」が取り上げられた。彼の著作はこれまでに、「日本浄土」、「メメント・モリ」(写真集)、「東京漂流」、「神の島 沖の島」(共著)を読んだ。独特の視点・価値観に共感したが、この連載で語られている生き方も凄い。
アメリカは多民族国家であり最大公約数の文化を発信することで欲望の領域を拡張していく。一方、イスラム教では厳しい戒律が血の中に流れ、自分自身の内部に神がいて、本質的に変化しない。こうした人々とアメリカ文化とは交わらないと感じた。(1)8月3日。
東京漂流の帯文句「墓につばをかけるのか それとも花を盛るのか」とあるが、この本は日本につばを吐きかけた。そればかりではいかんと花を盛ろうとしたのがメメント・モリだった。この本は以降のサブカルチャーにいまだに影響をあたえ続けている。ここ(『乳の海』)に登場させた青年の名は透君で、この母性管理社会の中で必死に生きようとするのだが、ウロボロスの蛇が自分の尾を食べて消えるように最後には“透明なボク”となって消えていく。それは青年の敗北でもあり、作者である私の敗北でもあった。つまり、この社会を相手に行き詰まってしまった。それは社会そのものが行き詰まっているということでもある。(4)8月6日。
猿の数が無限に増えて森が滅びるというのは資本主義社会の宿命ということでしょう。(5)8月7日。
かつては大家族制の中で子育ては母親一人が負うものではなく、大家族の周りには地域社会があり、隣のオッサンですら子育てに参加していた。さらに地域の外周には自然があった。今ではその外周は欲望を喚起する商業社会に変わり、子供を狂わす。おまけに父親は女性化し厳父慈母の気風はなくなり、核家族という家族の最小単位すら維持できていない家族が出現した。そんな身ぐるみを剥がれて孤立した母子が正常でいられるわけはない。(6)8月10日。
人には“いただく”年季と“返す”年季があるのではないかと、最近思いはじめている。つまり、人が育つ過程で他者からの愛情を含めさまざまな果報をいただく年代と、その溜(た)め込んだものを他者に返す年代ということ。『コスモス……』はそういう意味では返礼の書だと思う。逆に言えば60歳を過ぎても何も他者に返さない人生というのは精神衛生上よくない。いまの大人は返さないから。いただいたものを返して差し引きゼロとなって死ぬのがいちばんすっきりする。(7)8月11日。
アナログを知らずにいきなりデジタルから入るデジタル純粋培養に、危険性がないわけではない。シャッターは無限に押せるものだと思っているから、勢い、対象を見る眼(め)の強度が脆弱(ぜいじゃく)になる。私は、デジタルでも一シーンにシャッターは、1回しか押さない。(8)8月12日
3・11後遺症が日本を覆っているように感じる。日本列島が人の体だとすると、日本人は左足か右足を失ったくらいのトラウマを背負ったわけだ。ヘイトスピーチや放射能問題に触れると傷口に塩を塗られたかのように興奮する人々の出現、キレる老人など日本人がいま攻撃的になっている理由の一つは、後遺症による被害妄想が無意識の中にあるように思う。それとは逆にテレビなどで外国人によるニッポン賛美番組がむやみに多いのは、3・11による自信喪失の裏返しの自己賛美現象であり、自己賛美型の右傾化傾向ひいては戦争法案への邁進(まいしん)とも底流でつながっている。(9)8月13日
取材費も出ないネットでは現場に行かず、ネット上の2次情報に頼りがちになり、机上の空論がぶつかり合うことになる。ネット言語の不健全さはここにある。(10)8月14日
藤原新也の生涯を辿る形でインタビューが行われ、彼の半生を浮かび上がらせることに成功している。

★★★ 不思議で美しい「空の色彩」図鑑 武田康男
本の大きさはB4横長程度、殆どのことを、見開き二ページで説明、左の一ページには小さな写真一枚以外は解説文、右ページは横長の大きな写真一枚と小さな写真二枚。
第1章太陽と空の色、第2章空の虹色、第3章雲の色、第4章月と星空の色、第5章大気が作る色、という構成。空に実に様々な色があることに驚いた。残念ながら、実際に見ることが出来るものは多くない。努力の問題(価値観の問題)もあるし、物理的に不可能なこともある。しかし、この本を読んで、空を見る目が少し変わった。これからは、意識して眺めるようにしようと思う。
興味深い言葉・現象:グリーンフラッシュ(太陽が完全に沈む直前や、昇る瞬間に、緑色の輝きがわずかな時間だけ見える現象 p.14)、光芒(雲の間などから、太陽や月の光が漏れて光線となり、空に広がっていく現象 p.22)、ブルーモーメント(日の出前や日没後に、辺り一面が、濃い青い光に包まれる時間帯 p.24)、地球影(日の出の直前、あるいは日没の直後に、太陽とは反対の空に見られる。その名の通り、地球の影が映ったもの p.32)、白虹(白い虹はふつうの虹よりも明らかに太い。つまり、虹色が重なった状態である。多くの色が重なって白くなった p.52)、光環(太陽や月が薄い雲に覆われたとき、そこに、美しい虹色の円盤が見られることがある p.54)、(本物の虹よりも色が美しいことがある p.56)、月の道(ムーンロード)(水面に映った月が細長く伸びている現象)
もし、皆既月食中の月面から地球を見たら、太陽を隠した地球のまわりの大気が、赤いリング状になって輝いていることだろう。まだ誰も見たことのないその光景は、とても興味をそそられる。(p.114)

★★★ 舟を編む 三浦しをん
2012年の本屋大賞を受賞、映画化もされた。どちらかというと女性向きのような気もするが、男でも楽しく読める。辞書編纂の話だが、日本的なユーモアとペーソスもあり、また、恋愛話も絡み、読むものを惹き付ける要素タップリ。悪意を持った人間が登場せず、現実はそんなものではないとは思うが、こういう読書も悪くはない。なので、辞書作りの苦労が十全に伝わっていない感じがする。
「『こだわり』は、いい意味で使ってはならん言葉だぞ。『匠(たくみ)のこだわりの逸品』などと言うが、ありゃ誤用だ。『こだわり』の本来の意味は、『拘泥(こうでい)すること。難癖をつけること』なんだから」 (p.102)
ベテラン辞書編集者の言葉、「こだわり」が氾濫する今、激しく同意する。私が一番使いたくない言葉。
死者とつながり、まだ生まれ来ぬものたちとつながるために、ひとは言葉を生みだした。(p.258)
俺たちは舟を編んだ。太古から未来へと綿々とつながるひとの魂を乗せ、豊穣なる言葉の大海をゆく舟を。(p.258)
辞書の編纂に終わりはない。希望を乗せ、大海原をゆく舟の航路に果てはない。(p.259)

★★ 預言者 カリール・ジブラン
監訳者(こんな言葉があるのですね、翻訳を監修する人、つまり、自分では翻訳していない?)の船井幸雄という人が、「はじめに」と「監訳者解説」で熱く語っています。
本書内の「アルムスターファ」と実在した人間だった彼(著者)の関係、オルファリーズの町の人々と、彼らのアルムスターファへの態度、そして迎えに来た船……などが意味することをお考えになりながら、ぜひ本書の訓(おし)えをお楽しみください。私は感動して本書を読みました。(p.9)
著者が The Prophet を書いたのは、1923年(因みに、、この日本語版が出たのは、2009年)、それ以後、本書は世界的に有名な本になっているそうです。アルムスターファがオルファリーズの町の人々の質問に答えるという形、内容は多岐にわたります。これは紛れもなく、聖書、コーラン、といった類いの本です。それも、難しい言い回しや比喩に満ちあふれています。理解しがたい所も多く、消化不良。そもそも私は無宗教で、この手の本には違和感を持ってしまうのです。というわけで、心が揺さぶられるということはありませんでした。
辛(つら)さのあまり、生まれてきたことは苦しみだ、肉体を維持することは額(ひたい)に書きつけられた呪いだと言う人には、こう答えよう。その額の汗以外に、書きつけられた呪いを洗い流せるものはないのだと。(p.50)

★★★ 沈みゆく大国アメリカ 堤未果
著者の本は二冊読んだ(2008年と2010年)。「ルポ貧困大国アメリカ」のⅠとⅡ。共に衝撃的な内容だったが、この本の内容にも驚かされる。オバマケアに関する内容が殆どだが、皆保険制度という言葉からは考えられないような仕組みである。アメリカは市場原理第一のということだろう。最後の方に、次は日本だと書いてあるが、今の政権を見ていると、確かにそのような感じがする。最後に、(続編『沈みゆく大国 アメリカ ~逃げ切れ!日本編~』につづく)、とある。調べてみると、『沈みゆく大国 アメリカ ~逃げ切れ!日本の医療』、という本が5月に出ている。読んでみよう。
「医師と病院でチームを作り、医療費削減をさせるACO制度についてはどうですか? 成果が上がっているというニュースもありますが」「確かにACOは、高齢者医療費削減という目的については一定の成果をあげるでしょう。下げればボーナス、下げなければ罰金ですから。でもそれでは、学力テストの点数で予算に格差をつけて学校同士に競争させる<落ちこぼれゼロ法>と同じ問題が起きるでしょうね。競争に負けた公立学校がどんどん消えているように、すでに八割が経営難の地域病院は、医療費を削減しきれずにつぶれるか、どんどん大型医療法人チェーンの傘下に入れられている。コストカットは進むでしょうが、地域医療の質が下がり、お金のない患者さんの行き場がなくなってしまうのが心配です」 (p.140)
「ウォルマートとオバマケアのコラボは将来性の高い投資になると思いますね。カギを握るのは、オバマケアが今後一〇年で高齢者医療予算五七五〇億ドルを削減するために設置する、医師と病院のグループ『ACO』です。ACOと提携して、彼らが患者をウォルマートにどんどん送ってくれれば、ACOは医療費節約ノルマを達成できて国からボーナスが出る。ウォルマートは高齢者を中心にした顧客を得られて、商売が軌道に乗るというわけです。すでに全米一七〇〇か所に店舗を持っているから新しい建物を借りなくても店内でクリニックを開けるし、設備投資は少なくて済む。まさにウイン―ウインのコラボだ」 (p.144)
なぜ同じ「皆保険制度」でも、日本とアメリカではこんなにも違うのか?日本の医療は憲法二五条(生存権)に基づく社会保障の一環として行われ、その根底には「公平平等」という基本理念が横たわつている。一方アメリカでは、医療は「ビジネス」という位置づけだ。どんなに綺麗(きれい)ごとや数字データを並べても、国民の「いのち」が、憲法によって守られるべきものだという日本と、市場に並ぶ「商品」の一つだというアメリカでは、もうこの一点だけでまったく違う。制度の成り立ちからして一八〇度真逆なのだ。(p.182~p.183)
二〇一四年一〇月一日。ついに日本でも、東京証券取引所で国内初の「ヘルスケアリート」が承認された。上場予定は一一月五日。医療・介護への営利参入を掲げる政府の「成長戦略」による強力な後押しの成果だ。今後は自治体病院などにも対象を広げてゆく方針だ。全国的にこうした施設が財政難に苦しむここ日本で、「頑張っている医療・介護施設に安定した資金調達を」といううたい文句は魅力的だろう。しかし忘れてはならないことは、リートは福祉でなく、あくまでも投資商品だということだ。人員配置や料金設定、サービスの質などは、すべて利益拡大という目的に沿って決定されてゆく。思うように利益が出ずに配当が下回れば、人件費カットや利用料値上げ、最悪の場合売却され、施設自体廃止されてしまう。医療・介護の安定的財源調達は、高齢化する日本でも避けられない大きなテーマだ。/だがその答えは本当に、これらの分野の「投資商品化」なのだろうか? (p.188~p.189)

★★ 音楽という<真実> 新垣隆
著者は、盲目の作曲家として一時絶賛された佐村河内守のゴーストライター。最近はテレビに出たりして結構活躍しているようです。佐村河内の方が消えてしまったことを考えると、著者は世間的には許されたのでしょうか。そしてこの本の出版。書いたのではなく、喋ったことを文に起こしたようです。出版社の方は出したかった、設定は、佐村河内は山師、著者は優柔不断な芸術家、といったところか。ただし、書かれている内容は、概ね真実だろうという印象を受けました。著者が音楽を愛しているのは間違いなく、しかし、音楽の尊厳を傷つけたことも事実でしょう。著者がこの先どんな人生を送るのか、これまでの生き方を読んで、陰ながらチョコット応援したい気持ちになりました。
これだけの音楽の歴史があって、モダニズムももう飽和状態であって、そもそも芸術というものが成り立つのか、という状況の中で、なお芸術家として立つとはどういうことで、どうしたらそれは可能なのか。(p.42)
たとえエンタテインメントであるにしても、この曲は書き方はなかなかちゃんとしているじゃないかという評価があるとします。それはありがたいのですが、やはり成立しないんです。『HIROSHIMA』の書き方は、ベートーヴェン以降のロマン派を踏襲しているだけだからです。芸術作品として、現代の技術をもってモナリザ像を描いたとしても誰も相手にしないのと同じです。アンディ・ウォーホルだったら、ポップ・アートを自分の立ち位置にもできるけれども、いま美大生がそれをうまく描いたところで、誰も新しい芸術とは見なしません。(p.133)

★★★ 正しいパンツのたたみ方 南野忠晴
副題、新しい家庭科勉強法。岩波ジュニア新書の一冊、図書館では児童書の棚にあります。著者は元々高校の英語科教員、生活上の必要に迫られ家庭科的内容を勉強したのがきっかけで、家庭科の魅力の虜になり、13年間やった英語を離れ家庭科の教員採用試験を受けたという経歴の持ち主です。読んでいて、視野が広く思考が柔軟だということが判ります。少しオーバーな言い方かもしれませんが、高校生の時に読んだら、人生が変わった可能性があったかもと思いました。家庭科的知識や思考は生きていく上でとても大切なことです。若い人が読むべき本です。
人というのは、生まれ、育ち、別れ、結ばれ、やがて老い、死にゆく存在です。変化こそが人生の本質です。家族も例外ではありません。そういう意味で言うと、人生に失敗などというものはなく、すべてが変化の中の一断面です。大切なことは、いつでもものごとを前向きに考えられるかどうかです。この本のテーマである「自立」の本質は、変化に対して「安定感」を持って対処できる能力があるかどうかということだと言い換えることもできます。そのとき、「自立」する上で大切なことは、広い視野に立ってものごとを見る姿勢ということになります。(p.73~p.74)
経済がグローバル化し、世界規模でものごとを考えなければならなくなってきているいま、「自分だけ得をしよう」という発想は古臭い考え方と言っていいでしょう。経済は循環してこそ発展します。限られた資源を有効に活用し、豊かな生活を維持してゆくには、地球に住む一人ひとりの生活にゆとりがなければ不可能なのです。貧しい国、余裕のない国が増えれば増えるほど、環境に配慮した生活をしたくてもできない人々が増えてゆきます。われわれは、もはや地球族という群れの一員なのだと自覚しなければなりません。少数のわがままな行動が、群れを絶滅へと追いやるかもしれない、そんな状況にまで来ているのではないでしょうか。(p.119)

★★★ 由良半島 原田政章

県立図書館で見つけた写真集、1994年の出版。最初にあるこの写真を見て驚愕しました(無許可転写お許しを、言葉では表現出来ないので)。これほどまでの段々畑は見たことがありません。由良半島は愛媛県の南西、宇和島市の南にあります。ここで少年期を過ごした著者がこの地方の生活記録を残さなければという義務と責任を感じて撮った写真だそうです。撮影日時は書いてありませんが、1947年南伊予の記録写真を撮り始める、と著者紹介にあるので、その頃のものでしょう。過酷ではあるが、充実した楽しみもある生活が切り取られています。最後には戦後の残がいの写真もあり、更に高度成長の歪みを予感させるものもあります。
以下は、あとがき、からの引用:
藩制の頃から、村人に食糧を供給してくれた段々畑は、長い務めが終わり、静かに原野に還っている。遠くから風に吹かれ鳥が運んだ草木の種子は、春になると、色とりどりの姿で美しく芽ぶき、見慣れない木も何種かある。今、二十歳代の原野も、あと百年もすれば、南伊予独特の原生林になるであろう。海藻の茂っていた海では、〝真珠″〝はまち″の養殖が行われ、芋麦を干していた浦には、カラフルな屋根の作業場が並んでいる。その中で、老いも若きも家族ぐるみで、朝早くから夜更けまで仕事に励み、昔と変わらないのは、村人の人情と勤勉さである。高度成長で国中が豊かになり、気品のある真珠のアクセサリーとグルメ志向で、働くほど収入が増え、休日は、高級車に家族を乗せてレジャーを楽しむようになつた。狭い敷地は昔通りであるが、立派な住宅が建ち、室内には豪華な家具を備えて、昔を知っているお年寄りには夢のようである。汚染のない自然の海は、無限の宝を恵んでくれた。
著者の他の写真集も読んでみよう。

★★★ それをお金で買いますか 市場主義の限界 マイケル・サンデル
これから「正義」の話をしよう、の著者の本。結論を押しつけるのではなく、共に考えようという姿勢は共通している。原題は、What Money Can't Buy、副題、The Moral Limits of Markets、お金で買えないもの、市場の道徳的限界、ぐらいの意味でしょうか。原題の方が内容をよく表していると思います。
最終章でも論じられている命名権、不思議な感じを持ちます。日本の現状にも強烈な違和感を持つのに、アメリカは、以下に一部引用した如く、遙かに凄い。ここまで来たら、市場主義経済は頽廃を招くのではないか。著者の締めくくりは、市場が称えずお金では買えない道徳的・市民的善というものがあるのだろうか (p.284)、である。ここには著者の「ある」というメッセージが込められていると思う。
標準的な経済分析によれば、ある負担を受け入れてもらうための金銭の提供は、受け入れの意欲を増しこそすれ、減らすことはないとされる。しかし、この調査を指揮した経済学者のブルーノ・S・フライとフェリックス・オーバホルツァー=ギーは、共通善への貢献を含む道徳的配慮によって、ときとして価格効果が打ち消される場合があることを指摘している。多くの村人にとって、核廃棄物処理場を受け入れようという意志は公共心――スイスは全体として核エネルギーに依存しているのだから、核廃棄物はどこかに貯蔵されなければならないという認識――を反映するものだった。自分たちのコミュニティーが最も安全な貯蔵場所であるとわかれば、その負担を進んで担うつもりだった。この市民としての貢献という背景があったため、村人への現金提供は賄賂、つまり票を買うための働きかけのように感じられたのだ。実際、金銭の申し出を拒否した村人の八三パーセントは、反対理由を説明して、自分は賄賂に動かされたりはしないと語っている。(p.164~p.165)
子供の迎えに遅刻した親から罰金をとることにしても、遅刻する親は減るどころか、かえつて増えてしまった。実のところ、遅刻の発生率は二倍近くになつたのだ。親たちは罰金をみずから支払う料金とみなしたのだ。それだけではない。一二週間ほどしてから保育所が罰金を廃止しても、上昇した新たな遅刻率はそのままだったのだ。お金を払うことで、迎えの時間に遅れないという道徳的義務がいったん蝕まれると、かつての責任感を回復させるのは難しかった。(p.169)
ライフセトルメント業界はみずからを「生命保険の自由市場」と表現している。以前は、生命保険がもはやほしくなくなった、あるいは不要になったら、契約を失効させるか、場合によっては解約して雀(すずめ)の涙ほどの返戻金(へんれいきん)を受け取るしかなかった。それがいまや、不要な証券を投資家に売ればもっと多くのお金を手にできるようになったのだ。(p.218)
ホームベースへの滑り込みにさえ、いまでは企業スポンサーがつく。生命保険会社のニューヨーク・ライフ・インシュアランス・カンパニーは、選手がベースに無事に滑り込むたびに宣伝のスイッチが入るよう、メジャーリーグの一〇球団と契約している。たとえば、ランナーがホームに生還したと審判が判定するたびに、会社のロゴがテレビ画面に映り、実況放送のアナウンサーは「セーフです。安全と安心。ニューヨーク・ライフ」と言わなくてはいけない。(p.241)
CBSの秋の番組ラインアップの広告をつけた卵が、生鮮食料品コーナーにお目見えした。広告は容器ではなく、卵の一個一個につけられていた。レーザーエッチングの新技術により、会社のロゴと宣伝文句を(ごく浅く、だが消えな心ように)殻に刻めるようになつたおかげだ。
(p.254)
二〇〇一年、ニュージャージー州のある小学校が、アメリカで初めて企業スポンサーに命名権を売った公立学校となった。地元のスーパーマーケットから一〇万ドルの寄付を受ける見返りに、この小学校は体育館を「ショップライト・オブ・ブルックローン・センター」と改称した。その後、いくつもの命名権契約が結ばれた。なかでも高額だったのは高校のフットボール場で、一〇万ドルから一〇〇万ドルの値がついた。二〇〇六年には、フィラデルフィアの新設公立高校が高い目標を掲げた。販売できる命名権の料金表を以下のように公表したのだ。舞台芸術ホールが一〇〇万ドル、体育館が七五万ドル、科学実験室が五万ドル、そして、学校そのものの名称が五〇〇万ドル。マイクロソフトが一〇万ドルを寄付して、この学校のビジターセンターに名前をつけた。それほど高額でない命名権もある。マサチエーセッツ州ニューベリーポートのある高校は、校長室の命名権を一万ドルで売り出した。多くの学区がなりふり構わない宣伝活動を展開している――考えられるかぎりあらゆる場所で。二〇二年、コロラド州のある学区は通知表の広告スペースを売り出した。その数年前、フロリダ州のある小学校が出した通知表には、マクドナルドの宣伝用カバーがかけられており、ロナルド・マクドナルドのイラストと金色のM型アーチのロゴが措かれていた。この広告は、実は「通知表インセンティブ」計画の一環であり、成績がAとBだけの子供や、欠席日数が三日未満の子供には、マクドナルドの「ハッピーミール」が無料で提供される予走だった。地元住民が反対した結果、この宣伝活動は中止された。(p.279~p.280)

★★ 広島市今昔写真帖
2003(平成15)年に発行された写真集。古くて角が傷んでいる。予約が入らないので、読むのが後回しになり、かなり長い間借りたり返したりを繰り返しながら借り続けた。そして遂に読破。写真集なので見終わったと言うべきか。今昔の「今」は発行された平成15年、「昔」の多くは昭和20年代から30年代前半。今現在は、2015(平成27)年なので、二つの昔(平成15年という昔と、さらにもっと昔)を今現在と対比して見ているとも言える。なかなか面白かった。私が広島を直に見始めたのは、1967(昭和42)年から、本川川岸の木造住宅を見たし、平屋のバスセンターも利用した。しかしそれ以前は知らないので、広島の歴史、戦後の復興などよく判った。子供時代を過ごした長崎、被爆という共通点があるためか、似ている風景を感じた。ただ、広島は大きい。印象に残った写真は、昭和30年代前半の広島銀行本店、こんな立派な風格のある建物、残せなかったのか。

★★★ 寺院消滅 鵜飼秀徳
サブタイトル、失われる「地方」と「宗教」
過疎と過密、少子高齢化、格差、というような問題が、仏教界にも大きな問題を引き起こしている。この本は、その実態をレポートする部分、それをはね返そうと挑戦している住職の紹介、宗教崩壊の歴史を述べる部分、仏教教団の調査報告、からなっている。著者自身僧侶であり、宗教は必要という前提に立っているので、不信心な私には、すんなり納得できない面がある。しかし、記述は客観的で冷静、実態のレポートは特に説得力がある。二次大戦中の仏教界の戦争協力などを書いている歴史分析もなかなかためになった。
著者は日経ビジネスの記者でもあり、明確には書かれていないが、この本の一部は既に発表されていると思う。何かで読んだ記憶がある。

★★ 書斎の鍵 喜多川泰
五つのパートからなるお話、最初に、二〇五五年二月二十二日、と書いてあります。これは未来のお話です。著者が想像する未来はなかなか面白いことになっています。
少子高齢化を迎えた日本が、内需拡大と労働力確保のために海外からの移住を積極的に受け入れ始めた時期に、日本で就職を希望する外国人に日本語と日本文化の教育と仕事のあっせん斡旋をすることで二気に成長した会社だ。その後、高齢者の再就職にも目をつけ、「第二就活」を全国的に展開し始めたのも、この会社だった。(p.41)
物語の最後のパートの前に、書斎のすすめ 読書が「人生の扉」をひらく、というエッセイのようなものが挿入されています。まさにタイトル通りの内容です。
僕たちは気づかないうちに、心にもいろいろな汚れをくっつけて帰ってきているのです。「身体の汚れは、そのままにして寝るのは嫌だ」という人でも、心の汚れをそのままにして寝ている人がたくさんいます。【心のお風呂】には入らないで、一目を終えます。【心のお風呂】に入らなければ、前日の心の汚れはそのままで翌朝を迎えるわけです。(p.140)
「すべての努力は公のためであり、国民の人生はすべて公のため」という考え方は、極端だと僕たちは学びました。同じように、「すべての努力は自分の私利私欲のためであり、自分の人生はすべて自分のため」という考え方も極端だと学ぶ必要がある時期にきていると思います。その意味で、かつての「公のために書を読む時代」のよい部分を、もう一度見直す動きを起こしていく必要があります。(p.212~p.213)
物語は感動的な内容です。ただ、少々で来すぎという感じもします。説教臭さもプンプンです。書斎のすすめ、というパートはいらないのではないでしょうか。

★★★ アフターダーク 村上春樹
ファイブスポットアフターダークというジャズの名曲があり、登場人物が口ずさみもするが、タイトルは言葉通りの意味が強いだろう。章番号の横に時計が描いてあり、初めは午後11時56分、最後は午前6時52分、この一夜の出来事が描かれている。この本の主人公は視線である、と私は思った。男と女、二人の中心的な登場人物はいるが、視線は、女の姉であり男の同級生である、眠り続ける女にも、かなりの比率向けられている。このパートにも視線が内在し、視線が二重に重なる。読者を引き付けるストーリーもあるので、それに沿って読むのもいいし、小説は如何に書かれるべきかを考えるのも面白い、と私は思う。
あらゆる情報は無となり、場所は撤収され、意味は解体され、世界は隔てられ、あとには感覚のない沈黙が残る。(p.220)
人間ゆうのは、記憶を燃料にして生きていくものなんやないのかな。その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、生命の維持にとってはべつにどうでもええことみたい。ただの燃料やねん。新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、エッチなグラビアやろうが、一万円札の束やろうが、火にくべるときはみんなただの紙きれでしょ。(p.244)

われらの北方領土2014年版 外務省
県立図書館の新着図書の棚で発見。判っているようで実際はあまり判っていないことだと思い、読んでみようと思いました。27.3.13、外務省欧州局ロシア課寄贈、価格は書いてありません。右側から本文、43ページ。左側から資料編、76ページ、こちらは読みませんでした。
かなり詳細に記述されています。二次大戦頃までは面白く読みました。その後は交渉の細かい記述です。というか、ほとんど進展がないので、交渉結果の解釈を自国視点から行っているようなものばかりです。
1997年:ソ連の強い圧力に抗しつつ、北方領土は我が国固有の領土であるという我が国の従来からの立場がこの協定によっても何ら影響を受けない形で交渉を妥結し得たのは、なによりも全国民的な力強い支持があったからです。(p.16) 全国民的、という表現がよく出てきます。
2008年:福田総理が非公式に訪露し、プーチン大統領との間で首脳会談を行いました。会談においては、日露関係を高い次元に引き上げていくためにも、交渉の進展を図る必要性があることで一致するとともに、これまでの諸合意及び諸文書に基づき、双方が受入れ可能な解決策を、首脳レベルを含め、今後とも話し合っていくこと、そのために両首脳が改めて指示を出すことで一致しました。(p.31) 一致した、確認した、が多い。
佐藤優、鈴木宗男、がこの本の記載をどう思うか、大筋では想像できるが、細かい点について聞いてみたい。

★★★ Novel 11, Book 18 ダーグ・ソールスター
翻訳は村上春樹、なので読みました。
著者が書いた本は18冊、小説は11冊、という意味のタイトルだそうです。
十八年が経過した今でもなお、冒険を意味した女を追い求めるために、何の疑いも抱いていない妻と、子供部屋ですやすや眠っている息子を棄ててきたことは、自分にとって正しい選択だったと彼は思っている。ツーリー・ラッメルスを追い求めるために結婚生活に終止符を打ったという事実そのものによって、その冒険にもまた同時に終止符が打たれたのだといぅことが、その時点で彼に把握できていたとしてもだ。(p.12)
この様な文章が延々と続きます。ジェイムズ・ジョイスなどの「意識の流れ」を思い出しました。上の引用のように、妻子と別れて新たな女との日々、次に、その息子との生活(この始まりの場面からこの小説がスタート)、最後に、主人公が企んだ奇妙な計画、が大きな内容です。これらが250ページ近く、章分けもなく、一行の空白もなく、展開されます。勿論段落はあります。それなのに、読めます、楽しく読めます、スラスラと読めます。久し振りに、小説らしい小説を読んだ気持ちになりました。

★★★ いちえふ2 竜田一人
いちえふ福島第一原子力発電所労働記(2)、が正式タイトルか? マンガです。著者は「いちえふ」で、それも放射線量が高い現場で働き、これを描きました。図書館で(1)と(2)を同時に予約したら、(2)が先に来ました。なので、何故著者が「いちえふ」で働くようになったのか、よく判りません。(1)から読んでも理解できないかもしれないとも思います。うまく表現できないというべきかもしれません。しかし、著者の考え方には共感できます。マスコミでは伝わっていないことが、実感でき、真実とは言えないかもしれませんが、紛れもない現実が心に突き刺さりました。印象的だったのは、著者をインタビューした記者たちの間抜けさです。現実を見ようとはしないマスコミとはそんなものでしょう。ひどく抽象的な感想を書きましたが、本は具体的です、考えさせられる現実です。(1)を楽しみに待ちます。(3)がこの冬頃に出る予定のようです。

★★★ 九年前の祈り 小野正嗣
昨年後半の芥川賞受賞作、九年前の祈り、他三編、ウミガメの夜、お見舞い、悪の華。
九年前の祈りは、変な言い方だが、芥川賞の雰囲気濃厚な作品です。文章の巧さ、複線的なストーリーの流れ、微かに明るさを持った、明確ではないが未来が開けるような結末、見事だと思います。続く三編は、同じ土地を舞台とし、話の流れも登場人物も微妙に重なる小品です。最後の、悪の華、一番短いのですが、インパクトは最高です。この作品集がここに収斂していると言っても過言ではないでしょう。主人公、千代子にこの土地の習俗が、日本人の根底にある心が現れていると思いました。

★★ 絶景日本こころの旅 講談社MOOK
表紙に、大人の週末 癒やしの本 泣きたくなるほど美しいカントリー サザン・ユーミンなど名曲の歌詞と旅をする、と書いてあります。ほとんど無意味、理解不能、です。図書館の棚で見つけて美しい写真がありそうで借りたのですが、まあそこそこの癒やしにはなりました。泣くほどではないにしても、美しい景色がたくさん、特に、松江の枕木山から見る、中海と大山(p.70~p.71)、これは本当に絶景だと思います。枕木山、険しい山でなかったら行ってみたい、でも、こんなきれいに見えることは、恐らく希なことなのでしょう。

★★ 33年後のなんとなく、クリスタル 田中康夫
ちょっと期待外れ。というか、実のところそんなに期待していなかったのかもしれない、さほど失望感がないので。登場人物は前作とかなり同じだが、今作の主人公・語り手は「ヤスオ」、まさしく作者である。つまりこれは、私小説。当然、創作だから、実際とは違うだろうが、作者のその後の遍歴が充分に織り込まれてはいる。それは兎も角、33年経っても、年月の経過によるもの以外の変化はそんなに多くはない。そもそも回想場面が多い。同じような「注」も、前作ほどではないが、たくさん付いている。そして次第に、前作の主人公、由利が今作でも中心人物になってゆく。音楽、飲食店、ファッション、男女関係、が変わらず述べられ、政治的社会的問題が、まるで作者の自己正当化の為のように挿入されている。最後には、前作の最後にあった少子高齢化の資料が再録され、最新の統計も掲載されている。結局、33年経っても登場人物が変化していない、ように思われる。まあ、それはそれでいいのかもしれないし、前作とは別の作品として読めば楽しめるのかもしれない。

★★★ なんとなく、クリスタル 83年出版の河出文庫版 田中康夫
1980年発表、著者の処女作。当時読んだはずだが、「限りなく透明に近いブルー」と混同しているかも、と自信がなかった。しかし、読み始めると、記憶がよみがえった。やたらカタカナが多く、歌やお店、服、流行に関する記述にあふれている。また、「注」の多さに辟易したことが蘇る。
バニティー vanity (p.83)
という全く注になっていないものもある。
本もあんまし読んでないし いくら、本を読んでいたって、自分自身の考え方を確立できない頭の曇った人が一杯いますもの。本なんて、無理に読むことないですよ。(p.131)
自らの主義主張を述べるものが多くある。
横浜の方に古くからある大学 毎朝、石川町からの石段を登ると、足、腰がきたえられます。しまりが良くなるという人もいます。(p.197)
卑猥な俗説を開陳するものもある。
そしてクリスタルである。
「クリスタルなのよ、きっと生活が。なにも悩みなんて、ありゃしないし……。」と、私が言うと、彼は、「クリスタルか……。ねえ、今思ったんだけどさ、僕らって、青春とはなにか! 恋愛とはなにか! なんて、哲学少年みたいに考えたことってないじゃない? 本もあんまし読んでないし、バ力みたいになって一つのことに熱中することもないと思わない? でも、頭の中は空っぽでもないし、曇ってもいないよね。醒め切っているわけでもないし、湿った感じじゃもちろんないし。それに、人の意見をそのまま鵜呑みにするほど、単純でもないしさ。」 (p.130)
淳一と私は、なにも悩みなんてなく暮らしている。なんとなく気分のよいものを、買ったり、着たり、食べたりする。そして、なんとなく気分のよい音楽を聴いて、なんとなく気分のよいところへ散歩しに行ったり、遊びに行ったりする。二人が一緒になると、なんとなく気分のいい、クリスタルな生き方ができそうだった。だから、これから十年たった時にも、私は淳一と一緒でありたかった。(p.222)
最後に少子高齢化の資料がついている。この時代から、著者は世の衰退を案じていたのか。
さて、何故こんな古い小説を読んだのか? それは、33年後の物語を読む前に、いろいろなことを思い出しておこうと思ったからです。

★★★ 決戦!関ヶ原
関ヶ原の戦いを題材にした、七人の作家の短編集。以下、作品名(作者)[作品の中心人物]である。人を致して(伊東潤)[徳川家康]、笹を嚙ませよ(吉川永青)[可児才蔵]、有楽斎の城(天野純希)[織田有楽斎]、無為秀家(上田秀人)[宇喜多秀家]、丸に十文字(矢野隆)[島津義弘]、真紅の米(冲方丁)[小早川秀秋]、孤狼なり(葉室麟)[石田三成]。「人を致して」は家康と三成の密談から始まる。この破天荒な設定、実に面白い。しかし、結末が凡庸、惜しい。その他の作品にも、それぞれ呼応した所が見えず、密接に関連した作品群とは言えない。まあ、関ヶ原の戦いついての独立した作品の集まりを思えばいい。歴史を変えることは出来ないのだ。そして、それぞれは読み応えのあるものだ。特に「真紅の米」が素晴らしい。「有楽斎の城」の独白もいい。関ヶ原の戦いについてもっと知りたいと思った。

★★ 機長の絶景空路 杉江弘
タイトル通り、飛行機の機長が空から撮った写真。羽田から札幌、羽田から大阪、の往復です。
私、飛行機から見える景色が大好きです。広島と羽田間は何度か乗り、左の窓側を希望しました。通路側を希望する人が多いようで、ほとんど窓から外を眺めていました。大都市の周りにゴルフ場が多いのにはビックリ。明石海峡大橋、京都市内が見えた時は感動、普通は通らないコースなのです。
さてこの本、そんな私にはピッタリの本、なのですが、写真が小さい、空からの広大な景色なのに小さすぎる、残念です。もうひとつ、解説が判りにくい、特に羽田と札幌間は馴染みのない所なので、ピンとこない。小さな地図が載せてあるのですが、うまく一致しない。写真に沿った地名入りの図があれば親切だと思います。
といいながらも、楽しませて貰いました。最近飛行機に乗っていませんが、次に機会があれば以前よりもっとワクワクするでしょう。

★★ 日本の大和言葉を美しく話す 高橋こうじ
思っていたよりも知っている言葉が多いのに、安堵。しかし残念ながら、理解言語で使用言語ではありません。なかには勿論、初めて聞く言葉もあります。膕窪(よほろくぼ)、膝の裏側の窪み。ひかがみ、という言葉は知っていましたが、漢字では「膕」とは知りませんでした。いいなあ、と思った言葉、橋涼み(はしすずみ)、趣のある情景が浮かびます。この様な言葉を使うように著者は勧めていますが、今現在、どのくらいの人の心に響くのでしょうか。大和言葉は絶滅危惧種ではないかと心配します。

★★ ワカコ酒3 新久千映
呑兵衛女子の、ほんわか酒日記。というか、酒の肴日記。色んな種類の酒を飲んではいるが、銘柄には言及なし。酒と肴の相性がポイントのようです。「目次」、という表記ではなく、「おしながき」。○章、○話、という表現ではなく、○夜。その「おしながき」の、70夜串カツ、に登場する、豚ガリ(豚肉と生姜のカツ)、旨そう、食べてみたい。というようなものが多数登場します。

以下は、おまけ四コマ、にあった台詞。(p.58)

酒とおつまみ

同時に終わるのが
ベストだよね

強いて言えば
おつまみが
なくなっても
酒が残ってる方が
まだいいかな

もし酒を先に
飲み終わっちゃつて
おつまみが残ってたら

まあもう一杯飲む
だけだけどね


★★ 海自オタがうっかり「中の人」と結婚した件。 たいらさおり
海自オタ、とは海上自衛隊のオタク、「中の人」とは、海上自衛隊の隊員、「~件。」、は自衛隊の言い方なのでしょう、うっかり、は何故挿入したのか不明。ストーリーはほぼ想像通りに進みます。海上自衛隊ついては、へ~、と思うことがたくさん。マンガです。まあ、楽しく読みました。

★★★ 読まされ図書室 小林聡美
14名の推薦人に提示された本を著者が読み、その作品についていろいろ書いたエッセイ集。推薦人は著者に関係のある人がほとんどで、推薦された本には独特なものが多い。何かの雑誌の連載のようで、著者の文章は各編5ページ程度、1ページ13行。しかし、内容は濃密です。本やその筆者のことは勿論、推薦者、そして著者が絡み合い、不思議な世界が現出します。小林聡美、なかなかの筆達者です。ここで取り上げられている本、読みたいと思いました。思わされたのかもしれません。以下、本のタイトル:
十皿の料理、きのこ文学名作選、ぺるそな、白梅の香、虫類図譜、たまねぎたまちゃん、死ぬ気まんまん、神使像図鑑、オバケのQ太郎、茶色の朝、股間若衆、酒薫旅情、うたかたの日々、山のトムさん。
他に、よしもとばなな、との対談。‘読まされ返し’として、推薦者兼イラスト作成者の「さかざきちはる」に『島暮らしの記録』を推薦、これに関する彼女のイラスト付きのエッセイもあります。

★★★ 身近な疑問が解ける経済学 日本経済新聞社〔編〕
経済の勉強をしたいと昔から思っています。色々な本を読みましたが、私が求めているものとは何か違うのです。では、おまえの要求は、と聞かれると、これまたうまく言えません。まあ、あれこれ読んでみるしかないのでしょう。この本は面白く為になりましたが、11の異なる内容です。世の中を動かす経済的な仕組みの全体像、と言うようなことが私が知りたいことです。とはいえ、学ぶべきことの多い本で、以下の引用が多くなりました。
政治学は「ただ乗り」の学問とも言われます。民主主義における政治的影響力の差は、人数以上に、組織の結束力の差によっても生まれるのです。しかし民主主義の下での「多数者の横暴」はまだしも「少数者の横暴」を制限できないのでしょうか。一つの規範的な解は、ただ乗りの誘惑に負けない自律的な市民を育てることです。もう一つの単純な解は、民主主義の原点、直接民主制の導入です。あらゆる争点で国民投票を行えば、多数者が少数者を個別撃破していきます。(p.70) 3民主主義は合理的か[比較政治経済学]
教育に対する需要は、子供の学力をめぐる不確実性によって支えられていきます。この不確実性は、「夢」あるいは「勘違い」と名づけたほうがよいかもしれません。さらに、学力をめぐる不確実性は教育を受けるほど弱まっていくことを考えると、教育には自分で自分に対する需要を冷やしていく面があります。これを教育需要の「自己冷却効果」と呼ぶこともできます。世の中には、不確実性が残っているほうがむしろよいこともあります。最近では、遺伝子情報の活用が注目されています。しかし、遺伝子によって自分の将来がわかってしまうと、人生が耐え難くなることもあるでしょう。(p.109~p.110) 5「リスク」「不確実性」そして「期待」[公共経済学]
予防もプライマリ・ケアの重要な役割です。しかし現在の制度では、地域住民が予防によって健康になることが経営リスクになってしまうので、積極的に取り組む動機づけがありません。そのことで医療費が増加し自治体の財政を圧迫して、それを国が補填することになります。(p.127) 6医療の在り方を経済学で模索する[医療経済学]
よりよい社会を実現するために、個々の医師や患者の倫理観や責任感に頼ることには限界がある、と経済学では考えます。経済学が目標とするのは、適切な制度設計を通じて、個々の医師や患者が自分にとって望ましい選択をした結果、社会全体としても望ましい状態を実現することです。医療分野でも、現在の出来高払い制度だけでなく、成果払い制度や一人の医師が担当する患者の人数に応じて収入が決まるような制度の導入も検討すべきでしょう。医師は患者のために予防行動することで十分な収入を得られるはずです。患者は過剰な検査や薬に頼らずに出費を節約することで健康を維持できます。保険者は医療費を抑えられ、政府も財政を健全化でき、全員の利害が一致します。(p.129) 6医療の在り方を経済学で模索する[医療経済学]
日本では、大企業から官庁まで、従業員の異動が多いですよね。異動の第一の目的は、従業員の職能を広げることですが、特定の業務、特定の関係でのみ必要とされる技能や知識も失われます。日本全体で定期的に行われる人事異動によって、獲得した技能や知識が使えなくなる人的資本の減価はかなりの規模になると思います。業務も滞る一方で、送別会や歓迎会続き。(p.200) 10組織や人事制度を設計する[労働経済学]
計画策定時はアリ的な自分が活動して立派な計画を立てますが、実際に利益や損失が確定する実行段階になるとキリギリス的な自分が前に出て、目前の利益を優先させたダメな選択をしてしまいます。こうした葛藤があるからこそ、セルフ・コントロールという言葉が実質的な意味を持ってくるわけです。それでは、いつも頑張って自制すればよいかといえば、そんな簡単な話ではありません。自己抑制は、それを可能にする非認知的なパワー(意志力)を消耗してしまうからです。自己管理はタダでできないのです。枯渇する意志力の下で、どのように自制するかが2つ目の問題です。ダイエットしたり、言いたいことをぐつと堪えたり、自制の仕事にもいろいろあります。意志力が消耗しやすい希少資源だとすると、いつどの仕事にどのように振り分けるかという資源配分の問題が出てきます。ここに経済学の考え方が生きてきます。資源を無駄なく使うために、行動に応じて資源をならして利用していく「平準化原則」が1つのキーワードになります。(p.222~p.223) 11[先延ばし]で自滅する人の心理[行動経済学]

★★ NPOの教科書 乙武洋匡・佐藤大吾
初歩的な疑問から答える、という枕詞がついています。乙武さんが質問し、佐藤さんが答える、という形で、確かに、懇切丁寧な説明です。NPOがどういうものか、大凡判った、ような気がします。しかし、一般財団、公益財団、一般社団、公益社団、などあり、解説してあるのですが、勉強不足、理解力欠如、などなどで、区別がつきません。
佐藤・・・企業の場合、誰も困ってないところに突入していって、「こういう商品、みんな欲しいよね」などとプレゼンテーションして、「今まで気づいてなかったけど確かに欲しかった」っていうことが売り上げになるケースがあるわけです。NPOにはそういうのはあまりなくて、絶対にまず困っている人がいるんですよ。何かの問題を解決するためにNPOが誕生して、その解決に向かって日々取り組んでいるわけで。だから活動のプロセスの中に、必ず「ありがとう」が入ってくるんです。自分以外の誰かをハッピーにすることが、自分の幸せのために必要不可欠だと思っている人はNPO向きかもしれませんね。(p.141)
現実には様々なNPOがあり、私が偏見を持っているのかもしれませんが、何か胡散臭さ、私の理解の及ばない何かを感じます。真面目に取り組んでいる人には申し訳ないのですが、この本はそれを払拭してはくれませんでした。私は自分のことを性善説の信奉者だと思っていましたが、この本を読み性悪説信者かもしれないと暗い気持ちになっています。もっと色々な本を読み勉強します。

★★ お寺の経済学 中島隆信
教えられることが多々あった。
檀家制度によって住民は檀家として近隣のお寺に縛り付けられた。その効果は、信仰を取引する市場の信者サイド(需要)とお寺サイド(供給)から説明できる。まず、信者サイドにしてみれば、信仰を選択することができなくなる。政府から強制的に供与され、しかも自分の意思で選べない財・サービスに対して誰が関心を持つだろうか。他方、お寺(宗門)サイドにとって、檀家制度は常に安定した顧客を保証してくれる。現状維持を確約されれば、どのような事業者であっても進取の精神を失っていくだろう。こうした状況が約二六〇年も続いたのである。しばしば日本人に宗教心がないといわれる原因はここにある。お寺を弾圧するのではなく、飴を与えて骨抜きにする。保護政策というものがいかに産業を駄目にするかの典型例といえる。(p.39)
お寺と葬儀社の繋がりは想像できるが、そこに石材店も絡んでいる。私も石材店を選べなかった。ただし、お寺は墓園と石材店とは繋がっていない。別のビジネスモデルか。
石材店は営利法人であり、証券取引所に上場している企業もある。信用できる石材店にお寺の名義を貸し、お寺の名前で墓を分譲する。分譲の費用はすべて石材店が負担する。その代わり、檀家は石材店を選べない。分譲した業者から墓石を購入することになる。永代使用権もお寺から購入している形にはなるが、実際は代金がすべて石材店に入るという仕組みである。うまく墓地が売れれば、石材店は利益をあげられるし、お寺も檀家が増えて収入増につながる。(p.173~p.174)
最後に著者の結論、私には説得力があるとは思えなかった。
お寺の再生を図る道は一つしかない。それは墓をお寺から切り離し、檀家制度を一度完全に解消することだ。現在のままでは信者はお寺を選べない。一旦、あるお寺の檀家になってしまうとそこから離脱するには多大なコストを要するためだ。まずは信者に選択の自由を与えるべきである。そして本当にお寺に来たいと思う信者だけを改めて集めなおせばよい。そのとき、住職の真価が問われることになる。宗派の教えをわかりやすく説き、信者の心を引き付けることのできる僧侶が支持されるだろう。住職は別に世襲でも構わないが、後継者をしっかり育てておかないと、住職の世代交代と同時に信者のお寺離れが起きる可能性もある。仏教を擁護する僧侶たちは口々に、日本人には仏教の教えが染み付いていて簡単には消えないという。それならなおのことお墓を切り離すべきだ。教えが染み付いているならば、必ず自主的にお寺に戻ってくる。そして、そのとき信者は自らの信仰心を改めて問い直し、名実共に仏教信者となっていることだろう。(p.220~p.221)

★★★ ねむり 村上春樹
下に書いた、「パン屋を襲う」と同趣向の本。2010年11月の出版だから、下の引用にあるように、こちらが第一弾である。1990年頃に発表されたときは、「眠り」だった。これまた下と同様、手を入れたようだ。この作品は初めてと思いつつ読み進んだが、最後に二回目だと気づいた。前回、結末がシックリこなかったのだ。しかし、今回、この様な終わり方もいいような気がした。歳をとった、ということか。

★★ パン屋を襲う 村上春樹
2013年3月の出版だが、1980年代の「パン屋襲撃」、「パン屋再襲撃」、の改題。あとがきに:
ドイツ人の女性イラストレーターであるカット・メンシックさんが、『眠り』に続いて、『パン屋襲撃』と『パン屋再襲撃』をイラストつきの「絵本」にしてくれた。僕は彼女のシュールレアリスティックな絵が個人的にとても好きなので、嬉しく思う。(p.76)
両方の作品をゲラ刷りで読み返しているうちに、文章に手を入れたくなってきて、あちこちで細かく改変をくわえた。ヴァージョン・アップというか、オリジナルのテキストとは少し違った雰囲気を持つものとして読んでいただけると嬉しい。オリジナルと区別するために、タイトルも『パン屋を襲う』と『再びパン屋を襲う』に変更した。『パン屋を襲う』には「神もマルクスもジョン・レノンも、みんな死んだ」という文章が出てくるが、考えてみると、この作品を書いたのは、ジョン・レノンが殺されたすぐあとのことだった。そう、空気はそれなりに粗く、切実だったのだ。(たぶん)パン屋を襲いたくなるくらい。(p.77)
イラストは、私には、さほど魅力的なものではなかった。文章の改編も判らない。しかし、久し振りに、村上春樹の世界を楽しんだ。

★★ ノーマ 北欧料理の時間と場所 レネ・ゼレピ
デンマークのコペンハーゲンにあるレストラン「ノーマ」が、東京のホテルで期間限定のお店を出すということで話題になっていました。イギリスのレストランに関する雑誌で、世界のベストレストランのトップに四回も選ばれたそうです。ネットにもいろいろ情報はありましたが、図書館にノーマのシェフ、レネ・ゼレピが書いた本がありました。縦30センチ、横25センチ、厚さ4センチぐらいの大きな重たいものです。大部分は、食材や料理の写真、それにレシピが付いています。奇抜な、意表を突く料理が多く、芸術的な美しさです。美味しいかどうかは判りません。「野菜畑 (p.120 に写真 p.281 にレシピ)」は小さな人参や大根を土に挿した料理です。土に見えますが、麦芽で作ったもの、土の中にも仕掛けがあり、恐らくすべてを食べるのでしょう。「ターボットの卵を添えたハーブトースト (p.153 に写真 p296 にレシピ)」はとても美味しそうです。ただし、実際に食べてみたいと思うものはあまりありませんでした。
レネは次のように断言する。「食材の歴史やおいしく食べてもらうためにそれを育てた生産者たちの情熱や関わり方がわかると、もはや食材にやたらと手をかけようなどとは夢にも思わなくなる。つまり、自然であろうと、人の手であろうと、それを産み出してくれたものとつながっていると感じられることが大切なんだ。料理を作り続けて、そこで使う食材の歴史を見せ、正しい使い方をする。僕たちが自分の仕事をきちんとやり遂げるというのはそういうことじやないかな。そのつながりなしでは、何も意味をなさない」 (p.17)
この言葉とは裏腹に、食材に手をかけているものが多いと思いました。

★★★ すごいインド サンジーヴ・スィンハ
サブタイトル:なぜグローバル人材が輩出するのか
本書の著者紹介によると、「一九七三(昭和四十八)年インド・ラジャスターン州生まれ。IIT(インド工科大学)カンプール校で物理学修士課程を修了。人工知能の研究開発のために九六年に来日。証券会社数社での勤務の後、二〇〇八年に Sun and Sands Group を設立し、同社代表取締役社長に就任。日印を結ぶ幅広い活動に従事している」、とのことです。この様な経歴を持つ人の分析は、インドに関しても、日本に関しても、説得力があります。特に日本に関しての発言は傾聴に値するものです。留学生が増えない理由は成る程と思いました。日本の大学での授業、卒業後の就職、など、どれをとってもアメリカにはかないません。ここに書かれている現状は絶望的とも思えます。しかし、著者は最後に明るい展望を見せてくれます。
インドと日本は何から何まで違っています。だからこそ、世界でも類を見ないほど素晴らしい関係を築くこともできるのではないでしょうか。「違いが大きい」ということは、「互いに補完し合える」ということでもあるからです。(p.193)
中国の存在感が嫌が上でも増している今、インドとの関係をもっと密なものにする必要があるようです。いずれ、インドが中国を越えることは間違いないでしょうから。

★★ ベケットのアイルランド 川島健
ベケットは私が卒業論文で取り上げた作家である。私の人生を変えた作家である。との程度変わったかは今となっては判らない。その後ベケットの作品は読んでいない。作品は多くなく、ほとんど学生時代に読んでしまっていた。1989年、訃報に接したときは、私の中で何かが終わったという気がした。気がしただけだと思う。
先日、県立図書館の新着図書の棚でこの本を発見した。懐かしいという気持ち、そして、まだベケットを研究している人が居るのかという驚き。兎も角借りてみた。偶々読む本がなくなり、読み始める、が、難しい。こんな難解なものを読んでいたのだ。老いを感じる。読み進む内に、昔の記憶がよみがえり、そうだったという部分と、違うだろうと感じる所が出てくる。後者は深読みしすぎだと思った。著者の読み方は楽しさがない。この本は博士論文を加筆修正したものとのこと、なるほど。私は楽しく読んだという記憶がある。
文学が劣った芸術ジャンルであるのは、それが音楽の抽象性と音符の純粋記号性からは程遠く、言語の言及的機能に拘泥せざるをえないからにほかならない。「正式な英語(offizielles Englisch)」で書く困難を告白し、ベートーヴェンの『交響曲第七番』があらゆる表象的機能から逃れている点を賞賛するベケットが夢見るのは、文学の領野から言語を取り除き、「非言語の文学(Literatur des Unworts)」を作り上げることである。ベケットにとって言語こそが文学の足かせなのである。(p.113)
「わたしたち」の日常性から、「わたし」を確認できるのが「わたし」しかいない自己反復的な空間への転移。仏語執筆を始めたその時期に、ベケットが「わたし」と「わたしたち」のあいだを揺れ動く動揺を題材に仏語詩をものしたのは偶然ではないだろう。ベケットが英語から仏語に向かったのは「スタイル無しで書くため」だといわれている。慣れ親しんだ英語の語彙と文法と言い回しを離れ、飛び込んだ仏語はまさに異次元であったろうし、あらゆる装飾や武器を剥ぎ取られ、己自身を剥き出しにするような体験であったはずだ。「わたしに追いついたのはわたしだ(c'est moi qui me rejoins)」と語られる「わたし」の二重化は、英語と仏語にまたがったベケット自身の言語体験を映し出している。英語を母語とするものが仏語で "nous" というときに感じたであろう違和感が、「わたしたち」を脱ぎ捨てた「わたし」の孤独に投影されている。(p.197)

★★★ 民族の創出 平野雅享
副題:まつろわぬ人々、隠された多様性
最初の引用、「はじめに」の冒頭部分に著者の主張が書いてある。そして、最後の引用が結論になっている。この二つを読めば、400ページほどのこの本の大まかな内容が想像できるだろう。
「民族」という漢字語は、一八八〇年代末の日本で創られ、東アジアに広がったもので、それ以前、東アジアに「民族」という概念は存在しなかった。日本では近代国家形成を目指す過程で、記紀神話に民族のルーツを求め、大和(天孫)民族という概念が創り出されたが、記紀の時代に遡った民族設定は、同時に、倭〔ヤマト〕に「まつろわぬ」人々とされた出雲民族、蝦夷〔エミシ〕、熊襲〔クマソ〕・隼人〔ハヤト〕という民族概念も生み出した。そこには封建(武家)社会を遥かに遡る古代の政治体制――「神武創業の始め」に原〔もと〕づく王政復古と祭政一致を掲げて(民衆が封建勢力を打ち破って樹立した西欧型)近代国家の仲間入りを目指すという矛盾を含んだ、この国の成り立ち・構成員のアイデンティティにかかわる問題がある。戦前の「日本民族」は、前述の民族等に琉球、アイヌ、漢、朝鮮民族等をも加えた諸民族からなる混合民族と概念付けられ、混合(複合)民族故に多民族の帝国、五族協和の満洲国や大東亜共栄圏を築くに相応しいという民族観が広まっていた。それが戟後、日本は太古から外部との接触がない閉鎖的な島国の単一民族社会だから均質でまとまりがよいという「日本人」論に一転する(その経緯はすでに小熊英二『単一民族神話の起源』が明らかにしている)。この同質社会論は、日本の中央集権体制(地方の切り捨て)や画一化政策を正当化し、高度経済成長期に「規格大量生産型社会」を実現する均質的労働力を産み出す企業社会のニーズに適合するものだったが、日本社会に内在する多様な個性を否定し、異質なものを排除する性向を列島社会に蔓延させるという、大きな禍根をもたらした。(はじめにⅴ~ⅵ)
歴史は強者の歴史である、ということか。よく言われることであるが、そこから脱却するのは難しい。
一八五二年に京都で生まれ、一五歳まで京都で、京都語を母語として育った睦仁天皇にとって、母語でない東京語は話しづらく、母語の京都語で話す時は、力を抜いて話すことができたのではないだろうか。国家の統治者であるはずの天皇の話す言葉が標準語にならず、天皇から母語を奪う。近代天皇制国家の矛盾・欺瞞の一つが、ここに表れている。(p.72) 確かに大きな欺瞞です。
音声による標準語の普及にあたっては、ラジオ放送の開始が大きく影響した。日本でラジオの試験放送が始まったのが一九二五年三月。一九二六年八月には日本放送教会(NHK)が創設されている。NHKがラジオ放送の実用化にあたり、一九三四年一月、アナウンサー採用試験を始めた時、採用の基本方針は、両親ともに東京の出身で、本人も東京生まれの東京育ちであること、できれば山手の出身者で、下町訛りがないこと、などであったという。当時、純粋の山手言葉を話す人の数は極めて限られており、七〇〇人を超える志願者は発声、アクセントを調べる第一次試験で一一〇人に減り、二次(筆記)、三次(朗読)試験を経て採用されたのは二五人だった。こうして東京生まれ東京育ちという条件で採用され、徹底した標準語教育を受けた第一期生のアナウンサーのほとんど(二〇人)が、養成期間終了後、地方へ派遣されたという。(p.79) こんなことがあったのか!
真田信治『方言の日本地図』はこう述べる。「〔略〕言語変種としての方言は存在するとしても、日本語は言語としてはあくまで一つである、と思っている人が多いのではないでしょうか。しかし、言語か方言かの認定は、実は政治的、あるいは社会的なことにも左右されるのです。琉球王国が存続していれば、沖縄のことばは、琉球語というれっきとした言語として展開しつづけたでしょう。また、たとえば東北民国や北海道共和国などが成立していれば、東北語、北海道語といった言語が正式に確立していたことでしょう。そのことは、ヨーロッパ近代における言語状況と対照してみれば明らかです」。標準語と沖縄語の間にはスペイン語とポルトガル語以上の開きがあり、英語とドイツ語の差に近いという学者もいる。(p.87) この後に、スペイン語とポルトガル語が如何に似た言語であるかが述べられる。
言語か方言かの認定、恣意的なものだとは思います。難しい!
海で囲まれた島国という観念は、列島に住む人々に、ずっと昔から平均的に備わっていたものではなく、海の道から陸の道への大きなシフト、偏重という近現代日本の国家政策によって生み出された要素が大きい。海で隔てられた島国に住んできたため、長い歴史の中で、同質的、排他的な島国根性が身についたのではない。海で隔てた国境の中で、強力な国民統合を進めた近代国家によってそれは作り出され、経済成長のために、社会構造から個々人に至るまで同質化・画一化を極端に推し進めた高度経済成長によって、それは増幅されたのである。それ故に、裏日本とされた地域が、表日本との従属関係を脱し、再び自律的に発展し、国家に依らない誇りをとり戻す道は、東京や関西の方を向いて追いつこうとすることではなく、再び海に向かって開くことだろう。永留久恵は「まだ国境がなかった弥生時代と、国境線が自在に越えられた中世とが、対馬の文化史上最も豊かな時代であった」と述べているが、出雲や越が輝いていたのも、人々が東アジアの内海をより自由に往来できた時代であることを、歴史が教えている。この巨大な内海をめぐる歴史を見ると、太平洋側の畿内や東京のような中央集権的、単一の中心ではなく、出雲、筑紫、越などが、多元的に併存する世界がみえる。それは、畿内、東京を中核として放射線状に伸びていく陸の道と違い、陸上では繋がらない地域が海の道で飛び地的に繋がっている交流圏ゆえの特徴ではないかと思う。近代国家は、中心―周縁という一極概念を創り出した。しかし出雲の視点が示すのは、中央集権的な単一の中心ではなく、いくつもの拠点が併存する世界の可能性である。それが多元性を維持し、多文化社会を実現する鍵ともなるのではないか。(p.242~p.243) この主張は言葉を換え何度も繰り返される。
記紀がいうクマソ・ハヤトの「反逆」は、南九州からみれば、ヤマト政権の領土拡大のための侵略から、先祖伝来の地を守るための戦いに他ならなかった。にもかかわらず、「伏〔まつ〕ろはず礼無き人等」(服従しない無礼な者ども)とされたのは、不当といわざるをえない。そうした歴史観をはねのけ、クマソは本場中国製銅鏡の中でも最も優れた作品の一つを手にし、弥生土器の中で最も美しいといわれる免田式土器を作った人々として復権を果たした。「実態がない」などとも言われたクマソが、実体化したのである。(p.342~p.343)
近代以降、軍事大国、経済大国化をもたらした中央集権の総力戦国家体制は、人口や経済がピラミッド型に拡大していく途上国型の社会において有効であっても、少子高齢化が進む今の日本には適さない。交換可能でつぶしのきく歯車の部品ではなく、限られた人材の、かけがえのない個性を尊重し発展させ、バラエティに富む人材を育成・排出していくことが、多様性が鍵となるグローバル社会の中で、日本が縮みゆくことなく発展し得る道であり、今後の日本の国力をも左右することになろう。戦後の日本では、異なる規範や評価基準が機能していた地域社会などの様々な中間共同体が縮小・破壊されてきたと、谷本寛治は指摘する。中間共同体を失った個人は、国家に直結する。雨宮処凜(反貧困ネットワーク副代表)は日本社会で近年、右傾化が進行している原因を、会社や家族、地域などの中間団体に所属していない人たちは、日本人という以外に自分を表現するものがないからだと指摘している。昨今「日本人」を唱える標語が社会で多く唱えられているのは、そうした中間共同体をもたない人が唯一、自身の拠り所と思えるものが日本人であることだからではないか。(p.390) 
こう考えると、日本の現状が理解できるような気もします。
日本の内なる固有のアイデンティティの復権を図り、その文化的多様性を誇りとする国にする。その多元国家・日本の像を、今筆者なりに素描するならば、以下のようになろう。日本列島は世界の様々な地域とつながり得る自由な大海原に囲まれた開かれた世界であり、古〔いにしえ〕から様々な人々の往来や交流を蓄積してきた多様で多元的な社会である。大和、出雲、エミシ、クマソ、琉球(池間)、アイヌ、高志〔こし〕=越(奴奈川)、筑紫(宗像、安曇〔あずみ〕)など、それぞれが古代から続く多様な固有の歴史をもつ諸民族の連合体である。多様な、列島社会の、それぞれに誇り得る郷里の連合体としての多元国家・日本が、本来の意味での島国性(流動的で、他者に寛容)を取り戻すことができれば、多様性が発展の鍵となる二一世紀の世界で、内向きに縮みゆくどころか、再び発展していけるだろう。同質・均質社会を追求してきた規格大量生産型社会の行き詰まりがもたらした閉塞感から、日本を蘇らせるための鍵が、そこにあるのだ。(p.398~p.399)
早く図書館に返さなければいけないものを先に読んだので、この本が後回しになり、そして、内容的にもスラスラ読めるものでもなく、かなり長期間にわたって読み続けました。

★★ 新久千映のまんぷく広島 新久千映
「ワカコ酒」の作者・新久千映は広島人、ということで、この本ができました。「ワカコ酒」にはお店の名前はほとんど書かれていませんが、この本は広島名物の紹介とともに具体的なお店が出てきます。その点からか、「ワカコ酒」が持っているほのぼのとした雰囲気が薄まっているような印象です。
呉の6店を含め、全部で33店、他にコラムのような感じで4店。私が行ったことのあるお店は9店、少ないと思いました。修行が足りん!

★★★ 死刑肯定論 森炎
この著者の本は二冊読みました。五年ほど前に、『あなたが裁く!「罪と罰」から「1Q84」まで』。文学や映画を素材にして刑事裁判について解説、面白く読みました。もう一つは、『死刑と正義』、こちらは真面目に死刑と正義について考察したもの、考えさせられることが色々ありました。そしてこの本、二冊目と同趣向ですが、より観念的で、理屈を捏ねまわすことが好きな人にはたまりませんが、そうでない人は途中で(早い段階で)投げ出すでしょう。
この本を読んで一番に思ったことは、死刑は刑罰であること、これを考慮に入れない議論は無益だということです。『死刑と正義』と同じようなことも書いてありますが、緻密な論証で、論理そのものを楽しむことができます。ただし、結論はありません。タイトル通り、筆者は死刑肯定ですが、根本的な根拠はありません。
ナチズムは、歴史的には、(憲法で生存権を保障して)社会福祉国家の理念を掲げて登場したはずのワイマール体制の直後に台頭した。フーコーの分析は、その歴史的経緯ともよく符合する。すなわち、ワイマール末期のプロシア州議会は、一九三二年に福祉コスト削減を決議した際、正面から優生学的考慮を持ち出していた。決議理由として「遺伝的身体障害者もしくは精神障害者のための支出は、現在のわれわれの経済状況では、とても賄いきれない額にのぼっている」と表明していたのである。そして、その翌年には、ナチス政権下で強制断種法(「遺伝病子孫予防法」)が成立し、一九三五年には、ユダヤ人の市民権を剥奪するニュルンベルク法(「帝国公民法」)が制定された。一九三九年からは、障害児や精神病者を安楽死させる「T4作戦」が開始され、一九四一年以降、ナチス・ドイツは、ユダヤ人大量穀教、絶滅政策の組織的実施へとなだれ込んでいく。(p.177)
比喩的に言えば、死刑判断においては、①被害者の側の復讐原理、②犯罪者の側の悪性原理のほかに、③われわれの側の社会の安全という原理が、現代管理社会の進行とともに、浮上してきている。(181)
実証的な犯罪学の領域でも、二〇〇六年の国際犯罪学シンポジウムでは、ヨーロッパ各国の犯罪事情を比較検討した結果、刑務所人口と格差社会との間には有意的な関係性があるとの報告が出されている。(p.184)
アメリカの多くの州で採用されている薬物注射の方法は、まず麻酔薬を静脈投与して死刑囚の意識を失わせ、それから致死薬を投与して死に至らしめる。細かくは、血管にカテーテルを刺入して全身麻酔剤を注入して麻酔を効かせたうえで、意識不明状態になった死刑囚に筋肉弛緩剤を注入して呼吸を止め、最後に高濃度の塩化カリウム溶液を注入して心臓の動きを止める。致死薬の投与の前に死刑囚は意識を失っているから、肉体的苦痛はまったくないはずだと言われる。しかし、肉体的苦痛はないとして、意識のない者の薬殺とは、いったい何なのか。(p.190)
死刑廃止の実態については、警察権の行使(警察官の武器使用の許容要件)との関係も無視し得ず、死刑廃止国においても、日本ほどに武器使用の要件を厳格にしているところは少ない。犯人を射殺するなど、事前の最終的処理が認められてしまえば、死刑廃止の意味も薄れる。(p.228)

★★ 第五の権力 エリック・シュミット/ジャレッド・コーエン
シュミットは Google の会長。以下はまえがきの一部。この本のタイトルの意味が判る。
国家権力は立法・司法・行政、いわゆる三権で統治されている。それに加え、20世紀型の報道機関は、政府を監視する役割を担う「第四の権力」といわれた。 // 2025年、世界人口80億人のほとんどが、オンラインでつながる。誰もがインターネットヘアクセスでき、誰もが世界中とつながり、自由に発言をし、/革命を起こすパワーさえも手にできる。一見あたりまえのように思えるが、これはすごいことだ。// これからの時代は、誰もがオンラインでつながることで、私たち1人ひとり、80億人全員が新しい権力、つまり「第五の権力」を握るかもしれない。(中略) さあ、私たちが思い描く未来を説明しよう。 で、未来の説明が始まる。
私には、この本の描く未来が実現するとは思えなかった。科学の進歩について行けない古い人間だとは思う。今のような世の中がやってくるとは若い頃思いもしなかった、のではあるが、それと同じ変化、それ以上の変化を想像することができない。この本では未来に起こりうる悪い面にも言及があり、それがもし克服できなかったら、恐ろしいことになると思う。また多少現状分析もあり、この部分は私にも理解できた。
ツイッターが的確な分析を提供できる確率は、猿がタイプライターをでたらめに叩いてシェイクスピアの作品を打ち出せる確率と大差ない(ただし、聡明で信頼のおける2人が、ツイッターで行う白熱したやりとりは、ときに既存報道機関のレベルに迫ることもある)。オープンで規制されない情報共有プラットフォームの強みは、あくまで即応性であって、洞察力や深みでは主流メディアに太刀打ちできないのだ。(p.74)
結論は以下のようである。何が良くなり、何が良くならないのか、判然としない。
世界の圧倒的多数の人が、全体として見ればコネクティビティから利益を得ると、私たちは信じている。効率性が高まり、機会が広がり、生活の質が向上する。だがこうした利益がはぼ万人に共通するのに対し、オンラインで経験することは、人によって大きく違う。デジタル環境の格差は今後しばらくの間は続き、人々は「デジタルカースト」のどの位置にいるかによって、まったく違う経験をすることになる。ごく少数の人たちは、富やアクセス、場所に恵まれているため、技術が及ぼす悪影響とははぼ無縁でいられる。また世界の中流階級は、発明家やディアスポラ社会のリーダー、中小企業の経営者などとして、多くの変化を主導する。これらが、すでにつながっている20億人である。これから仲間に加わろうとしている50億の人たちは、暮らしている場所と、その圧倒的な人数のせいで、はるかに大きな変化を経験することになる。コネクティビティから最大の利益を得るのも、デジタル時代の最も醜い側面を経験するのも、この50億人なのだ。革命を推進し警察国家に挑戦するのも、政府に追跡されオンラインの扇動集団に悩まされ、マーケティング合戦に惑わされるのも、彼らだ。技術が普及しても、彼らの世界では昔からの問題の多くが残るだろう。(p.397)
2025年、私は生きているか? どんな世の中になっているのか?

★★ 小泉武夫のチュルチュルピュルピュル九州舌の旅 小泉武夫
吾輩が美味いというのはどのようなことかというと、大脳の味覚受容体味覚芽の神経作用で生じる生理的作用に頼るばかりでなく、目で見て形や色、空間をはかり、口や舌や歯で甘、辛、酸、苦、渋、醎(かん)、旨み、歯応えなどをはかり、鼻で香りや匂いをはかり、耳で音をはかり、手に伝わる感触をはかるといった、いわゆる「五感」からの感覚のほかに、実は心を伝わってきたり、心打たれたりする精神感覚をも美味しさの条件に入れているのである。(p.1) これは、「はじめに」、の一部です。まさにその通り、独特の文章表現で美味しさが伝わってきます。4ページで一つのお店(食べ物)を紹介。最初のページは上半分にお店の写真、以下順番は一定ではありませんが、1ページに料理の大きな写真、小さな写真が2・3枚あるページ、そして、下半分にお店のデータと地図があるページ。つまり、文章は二段組みで二ページ弱になります。文章の特徴は、タイトルにも使ってあるように、擬音語が多いこと。トロリホコリ、ジュルジュル、ポクポク、ペナペナ、ペロロ~ン、などなど。それだけ抜き出すと変ですが、文の流れで読むと、食べ物の感じが判ります。素麺を、コキコキ、シコシコ、ツルツル、グニュグニュ、ムチムチ、と表現していました。そのほか、自分のことを、味覚人飛行物体、ムサボリビッチ・カニスキー、と呼んだり、味覚極楽、頬落舌踊(ほうらくぜつよう)という漢字を見れば理解できる面白い言葉を使ったり、サービス精神旺盛です。高級店もありますが、我々庶民が行ける店も多く、機会を作って行ってみたいと思います。長崎のクジラ料理を出すお店、生からすみ丼のお店、島原のそうめんカフェ、別府の冷麺店、熊本の酪農場、その他多数。JR九州の情報誌に書かれたもので、博多から釜山までJR九州の高速艇があるので、釜山のお店も三つ載っています。

★★ 日本の絶景&秘境100 【朝日新聞出版】
タイトル通り、というか、秘境と言える所は殆ど無いと思います。100の場所の紹介は多くは4ページで、まず見開き2ページにその代表的な光景の大きな写真一枚、次の1ページに小さい写真が数枚、最後の1ページに、そこの魅力に関する短い説明、旅の目安(アメージング度、難度、予算)、アクセス、問い合わせ先、ベストシーズン、名物&名産品、旅のワンポイント、が記載されています。いくつかの有名なところは、6ページが割かれ、3・4ページに数枚の写真、5ページ目は全4ページパターンの4ページ目、6ページ目にはモデルルートが掲載されてます。つまり、この本は旅行案内的と言えるでしょう。とはいえ、秘境とまでは言えないにしても、簡単には行けないところの美しい光景を見ることができ、楽しい一時を過ごすことができました。

★★★ しんがり 清武英利
サブタイトル:山一證券 最後の12人、から判るように、山一の自主廃業の顛末について書かれた本。そこに至るまでとその後が半々ぐらい、12人を中心に関係者の動きが詳細に述べられている。その当時はさほど興味を持たなかったが、今読むと、行われていた驚くべきことにグングン引き込まれた。多少美化されている部分はあるだろうが、しんがりの12人は凄い。今の証券業界は?と思ってしまった。
著者は、一時読売ジャイアンツの球団体表だった人、あのナベツネと喧嘩をして有名になった。元々は新聞記者で
山一事件を追いかけていた。この本で、講談社ノンフィクション賞を受賞。

★★★ 棒を振る人生 佐渡裕
佐渡裕は広響に客演指揮者として来た時、強烈な印象を受けた。まるで小澤征爾のようだった。何時のことかは思い出せないが、私が広響の定演に行っていた頃だから相当前だと思う。有名になっていたら広響なんかには来ないのではないか。それは兎も角、指揮者には興味があるし、昔感動した指揮者だし、タイトルが面白いし、読んでみることにした。そして、十分に面白かった。具体的な指揮の話も、指揮者、音楽家、芸術家のものの見方にもなるほどと思うところが多い。
カラヤンのリハーサルで印象的だったのは、弦楽器奏者に対して、あるフレーズを弾くために「弓を二センチしか使ってはいけない」と指示したときだった。きわめて具体的ではあるが、一方でそれはあり得ないことでもある。しかし、カラヤンはあえてそう言った。そして、そう指示した後に、実際に振ってみると、そっと耳打ちしているように繊細な音が鳴ったのである。そんなふうに演奏者への指示をイメージとして伝えることは、ときに決定的なはたらきをする。(p.69)
ヨーロッパで長くオーケストラを指揮していると、どうしても日本のオーケストラとの違いを感じてしまう。二つの違いは、まず色彩感に表れる。日本のオーケストラの音は、ヨーロッパの音に比べて色彩感に奥行きがない。僕の感覚で言えば、西洋と東洋の違いは立体か平面かで表される。西洋の文化には横、奥行き、高さがある。日本の平面文化は、たとえば浮世絵を思い出してもいいし、風呂敷なども平面の布で立体物を包み込む。劇場のつくりにしても、歌舞伎の舞台セットは、平面に絵を描いた書き割りである。その伝統は吉本新喜劇といった現代劇にも受け継がれている。対してヨーロッパのオペラハウスの舞台は、美術にしても照明にしても立体的で奥行きがある。ノートルダム寺院やヴァチカンのサンピエトロ大聖堂に行くと、奥行きや高さによって神が創造した世界の広大さを表現しようとしているようだ。竜安寺の石庭のように、四角い敷地に敷き詰めた白砂と点在する石だけで宇宙を表そうとした世界観とは対照的だ。同じように音のつくりも、日本は平面的に色付けしていくが、ヨーロッパでは音が立体的に見えるように色付けしていく。それは日本のオーケストラの弱点であり、日本とヨーロッパの指揮者の違いにも当てはまる。日本の指揮者は几帳面に拍を合わせることには長けているが、なかなか音楽に豊かな色彩感が出せない場合が多い。それは日本人である僕自身の課題としても、ずっと意識してきたことだった。(p.104~p.105)
最後の方は少し理想的に過ぎると感じる。音楽の力は大きいとは思うが、世の中全体から見るとまだまだで、特にクラッシックは一部の人にしか浸透していないのではないか。
人は、打ちのめされても必ず立ち上がることができる。そこに音楽は深く関わることができる。人が音楽をやる意味は、人が一緒に生きていくことのよろこびを確かめるためだということを僕は被災の地から教わった。そのことを、音楽を通して東北にも伝えていきたいと思う。(p.210~p.211)
終章、新たな挑戦、にはウィーンのトーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督になることが書いてある。凄い。2013年に決まって、2015年9月に就任、任期は三年とのこと。ますますの活躍を!

★★ ワカコ酒2 新久千映
前作と同趣向の漫画。表紙裏に書いてある作者との質疑応答がまず面白い。
最近よく言われるようになったこと。
「鮭でご飯を食べたら怒ります?」――怒りません。
「ぷしゅーっていわないんですね」――言いません。
「クチ三角▽にならないんですか?」――なりません(笑)。

漫画の主人公、美味しいものを食べ、口を三角にして「ぷしゅー」というのです。あとがきのようなところに、「ワカコは作者じゃないです」と書いてあります。でも、読む方としては作者と主人公を重ねてしまいますよね。
ワカコが食べるものはとても美味しそうです。特に惹かれたのは、ブランデーソースのかかった「大人のエビマヨ」、串にささっています。(p.109~)
ほとんどが普通にある料理です。例えば、タコとキュウリの酢の物、ここの描写は得意の擬音語がさえています。「にゅるにゅる」、「ポリンポリン」〈地の文では「ポリポリ」〉、「ぬりんぬりん」、「くにょくにょ」。(p.111~) 「シンプルな料理ほど奥が深いのだ」 (p.114) このことをうまく伝えている本と言えます。

★★ ずる ダン・アリエリー
サブタイトル:嘘とごまかしの行動経済学 原題:THE [HONEST] TRUTH ABOUT DISHONESTY / How We Lie to Everyone - Especially Ourselves 訳してみると:ごまかしに関する[ごまかしのない]真実 我々は如何にして皆に対してー特に自分自身に対してー嘘をつくのか
このタイトルで、ほぼこの本の内容が想像できる。そして、結論も予想の範囲内である。この本の多くの部分はそれを実証するために行われた実験について述べている。
わたしたちの行動は、二つの相反する動機づけによって駆り立てられている。わたしたちは一方では、自分を正直で立派な人物だと思いたい。鏡に映った自分の姿を見て、自分に満足したい(心理学者はこれを自我動機と呼ぶ)。だがその一方では、ごまかしから利益を得て、できるだけ得をしたい(これが標準的な金銭的動機だ)。二つの動機が相容れないのは明らかだ。では、ごまかしから利益を確実に得ながら、自分を正直ですばらしい人物だと思い続けるには、いったいどうすればいいのだろう?ここで、わたしたちの驚くべき「認知的柔軟性」の出番となる。この人間的能力のおかげで、わたしたちはほんのちょっとだけごまかしをする分には、ごまかしから利益を得ながら、自分をすばらしい人物だと思い続けることができるのだ。この両者のバランスをとろうとする行為こそが、自分を正当化するプロセスであり、わたしたちが「つじつま合わせ仮説」と名づけたものの根幹なのだ。(p.35)
実験そのものの有効性に少し疑問を持つものがあったが、興味深いものも多い。ごまかしの実態、分析と防止法、そこそこ面白く読めた。そして、結論には違和感がない。普通に考え出されるものだからだ。極悪人は少数、多くの普通の人がチョコットずるをする。ずるの総量は、普通の人たちが行ったものの方がはるかに多い。だから何らかの対策が必要だが、決定的な手立てはない。
何故か、ロングテールのことを思い出しました。さらに、石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ、というセリフも浮かんできました。

★★ お金で世界が見えてくる! 池上彰
著者の本は数冊読みました。明快な文章で、判り易く説明する、確かにそうなのですが、少し物足りなさを感じます。この本も、お金を通して世の中を見るという所がミソなのでしょう。しかし結局、見る方向が違っていても結論は変わらない。他の著書からの引用が結構あります。これだけたくさんの本を書けばそうなるのでしょう。解釈ではなく解説、恐らく意図してそうしているのかもしれません。

★★★ 医師の一分 里見清一
医師がいろいろな問題について、その経験に基づき、本音を語っている本。結構痛快である。一番の話題は「死」である。年寄りをどうするか。助かる見込みのない患者をどうするか。建前だけではない議論は面白い。いつかは自分にも降り掛かる問題である。大いに参考になった。
山田風太郎は、65歳になった志願者を日本武道館あたりに集めてガスで安楽死させろと書いた。大学で研究倫理を教える京都のK子先生は、「国立往生院」を作って100歳になったら全員に行ってもらえと説いている。ビートたけしはかつて、「80歳以上は死刑!」と言った。わが編集者は、交通事故の犠牲者が70歳以上であれば、加害者は免責されるべきだと嘯(うそぶ)いている。私にはいずれも荒唐無稽とは思えない。「数が多くなる」と「能率化」を図るのは我が国役人の常である。「死ににくい社会」が一気に「能率的に死なせる社会」に移行するかも知れない。(p.72)
私は内心、少なくともある程度のところは医者が決めないと仕方がないだろうと思っている。つまり、場合によっては、我々医者は、「もう死にたい」という人間を叱咤激励して生かし、「生きたい」という人間に「贅沢言うな、もう寿命だから諦めろ」と引導を渡す役割を果たすべきではないか。とんでもない危険思想とお考えなのは尤もである。要するに命の価値を、もしくは人間の尊厳を、医者に決めさせろと言っているようなものであるから。ただ私はもちろん、我々は神様だと主張するつもりはない。どちらかと言えば寿命の番人のようなもので、そう、毎度引き合いに出して恐縮であるが、人の寿命を表す蟻燭を見守る三遊亭円朝の「死神」なのではないかと思っている。(p.122~p.123)
二番煎じの価値、という話題での以下の指摘、激しく同感。
自明のことだと思うのだが、「やれば必ずできる」なんて大嘘である。例えばプロ野球でもスターになれるのは一握りであって、大多数の若者が挫折して球界を去る。すべて、本人の意欲と努力の欠落のせいというのか。一握りだからこそ「スター」なので、全員がそこに到達することはあり得ない。してみると、全員に「スターを目指せ」というのは無責任である。そのような掛け声に煽られてできもしないことをしようとした、その挙句の失意の結果を、第二の人生に活かせればよいが、ただ貴重な時間を棒に振っただけの若者も多かろう。「やりたいことを一生懸命やれば、夢が叶う」なんて幻想を、自分一人が信じるならまだしも、他人に強要するのはやめるべきである。社会において我々がするのは「やりたいこと」よりもまず、「やらねばならぬこと」もしくは「できること」なのである。/そして世の中には、オリジナリティはなくても、誰かがやらないといけないこと、および「私にもできること」は沢山ある。(p.158~p.159)
最後に、医療ドキュメント・ノベル約束、という短編がある。この本の主張をうまく表現した、なかなかによく出来た作品である。文学としての価値は私にはわからない。

★★★ インフェルノ(下) ダン・ブラウン
(上)を読んでおよそ二か月、やっと図書館から(下)が来ました。読み始めると意外に記憶に残っていて、すんなり読み進むことができました。面白いのでぐんぐん惹き付けられます。が、今作は少々観光案内的内容に食傷します。フィレンツェに行ったこののない、想像力の乏しい私には、文章からイメージが浮かばないのです。写真をもう少し載せてほしいと思いました。文学や美術も色々出てきて、素養のない私には深く理解できません。しかし、ストーリーは抜群です。楽しめます。そして、結論(のようなもの)が常識的なものではなくいいと思いました。地球上に増えすぎた人間をどうするかという問題に関したものです。考えさせられました。

★★★ 日本の七十二候を楽しむ 白井明大
サブタイトル、旧暦のある暮らし
旧暦というのは、太陽暦と太陰暦を組み合わせた太陰太陽暦のことで、明治五年(一八七二年)に「改暦の詔書」が出されるまで長い間親しまれてきた、昔ながらの日本の暮らしの暦です。旧暦では月日は、月の満ち欠けによる太陰暦で定めていました(新月の日が毎月一日になります)。季節には、太陽暦の一年を四等分した春夏秋冬の他に、二十四等分した二十四節気(にじゅうしせっき)と、七十二等分した七十二候(しちじゅうにこう)という、こまやかな季節の移ろいまでが取り入れられていました。(p.8)
二十四節気が初候、次候、末候の三つに分けられた、この七十二候について書かれた本です。候の名前はちょっと変わっています。まずそれが書かれ、次に、候のことば、そのあとは、旬の、野菜・草花・木・魚介・果物・味覚・野鳥・虫・兆し・行事・日・メモ、といったことが数個、見開き二ページを埋める構成です。
秋分 初候 雷乃声を収む(かみなりこえをおさむ) 候のことば おはぎとぼた餅
秋分の日にお供えするおはぎは、春にはばた餅と呼ばれます。この二つは同じもの。ただ昔は、秋に収穫したての小豆をそのままつぶあんにしたのがおはぎ、冬を越して固くなった小豆をこしあんにしたのがぱた餅、という違いはあったようです。春の牡丹、秋の萩に見立てて、牡丹餅(ばたもち)、御萩(おはぎ)と呼びました。
(p.138)
霜降 末侯 楓蔦黄なり(もみじつたきなり)候のことば 山粧(よそお)う
秋の山が紅葉するようすを、山粧うといいます。また、春の山のさわやかな初々しさは、山笑う。夏の山のあおあおとしてみずみずしいさまは、山滴(したた)る。冬の山の枯れた寂しさは、山眠る。めぐる季節それぞれの山の表情を捉えるのは、郭熙(かくき)という、十一世紀の中国、北宋時代の画家のことばに由来しています。まるで山が生きているように、そこに宿る草木が生い茂っては、色づき、枯れ、また芽吹く一年を、大きな心で言い表わしているよう。
(p.158)
大寒 次候 水沢腹く堅し(みずさわあつくかたし) 候のことば 春隣(はるとなり)
もうすぐそこまで春が来ているという意味のことば、春隣は冬の季語です。寒さがこたえる真冬の時期にも、かすかな春の予兆に目を向けては、暖かな季節に思いを馳せます。冬至を過ぎ、たとえ寒さが厳しい日にも、太陽の光は強さを増して、日射しは一日に畳の目ひとつ分はど伸びていきます。
ひと口を残すおかはり春隣 麻里伊(まりい)
(p.206)
趣のある言葉にたくさん出会いました。
夏至 次候 旬の兆し 青時雨(あおしぐれ) 
初夏、あおあおとした木々の葉に降りたまった雨が、ぱたぱたと落ちてくることを青時雨といいます。ふとした拍子に、ひんやりした雨粒が、さわやかなおどろきをくれるひととき。ちなみに青嵐(あおあらし)とは、新緑の上をびゆうっと吹くいきおいのある風のこと。
(p.90)
立秋 末候 旬の兆し 樹雨(きさめ)
 濃い霧の林を歩いていると、木の葉から雨が落ちてくることがありますが、それが樹雨です。葉や枝についた霧の粒が、しだいに大粒の滴になって地上へ落ちてくるもの。
(p.119)
知っていることもありましたが、知らないこともたくさん。昔の人の暮らしがよく判りました。自然と一体となり、潤いのある生活をしていたようです。現代の我々にはそのようなことはできないでしょう。出来ないことには憧れます。どんなことにも良い面と悪い面があるのはわかってはいますが。
小満 末候 旬の魚介 べら
べらの煮つけを一晩寝かせてから焼く、はぶて焼きは広島の郷土料理。
(p.76)
はぶて焼き、広島に住んで40年近く、聞いたことがありません。地の人に聞いてみます。
この本は、図書館で借りて・読み・返却する、というものではなく、身近に置いてその時々に読むものでしょう。しかし、そうなると、手に取ることもなくなりそうです。

★★★ 繁栄の昭和 筒井康隆
繁栄の昭和、大盗庶幾、科学探偵帆村、リア王、一族散らし語り、役割演技、メタノワール、つばくろ会からまいりました、横領、コント二題、附・高清子(こうきよこ)とその時代、からなる短編集。かなり風変わりな作品で、楽屋落ちのようなものが出てきて、わたし好みでもある。
最初の作品、本のタイトルと同じ、繁栄の昭和。
冬のある日のことだ。表の通りでかすかに銃声のような乾いた普がしたから、帳簿に落しでいた視線をあげて入口を見ると、ガラス戸の彼方に、今ドアを開けて入ってきたばかりと思える、紺色の外套(がいとう)を着た男性がその肥満した体躯(たいく)をゆっくりと東側の壁に設置された郵便受けに倒し、そのまま床に頽(くずお)れていくのが見えた。受付の女事務員が悲鳴をあげた。私はすぐガラス戸に寄り、戸を開けた。男は俯(うつぶ)せに倒れていた。背中からわずかに血が出ていた。弁護士の先生たちもやってきて、銃で撃たれたに違いないと言い、警察に電話するよう私に命じた。(p.8)
この情景がリフレインのように出てくる。が、それは情景を繰り返しているものではないことがすぐ判る。しかし、最後には本当に情景の繰り返しがあって、物語がひと回りしてしまう。不思議な感覚!
何十年も経つ街のすぺての建物が同じたたずまいで建ち続けているということは、戦後のめざましい復興を志していた筈の日本社会にとつてあり得ないことではないか。本来ならば古くなったビルのほとんとが建で替えられて高層ビルとなり、よりモダンな建築となって街全体が近代化されている筈ではないか。はっきり言ってこれはただならぬ異変である。もしやこれは繁栄していた昭和の一時期をいつまでも保ち続けようとする、何らかの意志のしわざではないだろうか。(p.26)
ここに、繁栄、昭和、が出てくる。つまり、作者の意図が見える。
大盗庶幾と科学探偵帆村は奇想天外、特に後者は処女懐胎がとんでもない落ちになっている。
リア王には以下の文章。
「雨も、風も、雷も、稲妻も、わしの娘ではない、むごいきさまたちを親不孝と責めたりはせぬ」あっ。うかうかと敬愛する小田島雄志氏の翻訳を無断で使ってしまいました。お許しください。(p.98)
通常は既製の曲を舞台で使用する場合、JASRACと呼ばれている日本音楽著作権協会に申請しで使用料を払わなければならないのだが、これは筒井康隆の「リア王」という小説であり、歌詞は問題になるほど使用しているわけでもなく、むろん実際に歌っているわけでもないので、使用するのは自由である。(p.91)
役割演技には、以下の文章。
あの長篇もね、書き出した時には、これでもって世界をまるごと書いてやろうという意気込みがあったんだけと、書いているうちに、そんなことは出来ないとわかってきた。ひとつの作品で世界をまるごと書けないのなら、短篇で部分的に世界を書いていってあらゆる世界を書き尽すか、どちらかだと思うんです。(p.130)
こいうの、わたし大好きです。
単純なようでそうではなく、一筋縄ではいかない面白さ、筒井康隆、好きになりました。

★★★ ヌードと愛国 池川玲子
著者の専門は日本近現代女性史とのこと。
ヌードは、裸体だが、「はだか」ではない。必ず意味が着せかけられている。いわく官能、平和、母性愛、男性性etc. etc. そして、監察医めいた手技によって意味を特定されたヌードたちは、それぞれの専門領域のモルグに、新たな研究成果として収められていく。さて、しぼし傍観を続けていた私は、ある時、あることに気がつく。時代も領域もことなるヌードたちの中に、不思議に似通った衣をまとった一群が点在していることに。彼らに着せかけられた衣の意味は「日本」。別に、イルミナティもどきの陰謀説を唱えたいわけではない。だが長い日本近現代史の中には、あらゆる文化ジャンルを横断しっつ、綿々と作り続けられてきた、「『日本』をまとったヌード」という系譜が、確実に存在している。(p.4)
今回、謎解きの対象となるヌードは、各領域からピックアップした七体。時代的には、一九〇〇年代から一九七〇年代までをカバーしている。あるものはすでに失われ、あるものは遠い海外の博物館に戦利品として収められ、あるものは商品として市場に出回っている。著名な作品もあれば、全くのレア物もある。多くのヌードから、これら七体を選んだ理由は、彼/彼女らが、まだモルグ入りしていないこと。未だ明らかにされていない謎=ミステリーをはらんだヌードであることだ。推理のポイントは二つ。一つはマクロ。時代だ。ヌードに限らず、ありとあらゆる創作物は、工業製品と同じくその時代の政治や社会や文化から生み出される。ゆえに各ヌードは、おのおのが創られたその時代の 「日本」を着こんでいるはずだ。近代初頭、世界に向けて国を開かざるを得なかった日本は、後発の帝国主義国家として、幾度もの戦争を戦い、膨張路線を突っ走った。大東亜共栄圏の夢破れた後には、抱え込んできた植民地を放出し、アメリカに寄り添いながら、冷戦体制の下で経済大国へ成り上がり、そして現在、グローバリズムのただ中で、ゆるやかに縮小しつつある。そのような国の形の変容は、各ヌードにどのように刻印されているのか、そこに注意を払いたい。もう一つはミクロ。創り手の動機だ。彼/彼女らは、「日本」という国家に対するなんらかの感情を抱え、それを表現するためにこれらのヌードを制作している。(p.10~p.11)
ということで、日本近現代史を「はだか」にして行く。そのやり方は見事だと思う。全七章、どれも面白いが、特に、第六章の武智鉄二について、第七章の石岡瑛子について、素晴らしい。個人と時代の絡みがうまく表現されている。この様な角度から歴史を見ると心にストンと落ちる、ような気になる。
パルコの実態は百貨店でも専門店でもなく、テナント業者である。だから広告の課題はモノ自体の宣伝にはない。求められているのは、パルコというハコモノをいかにイメージさせていくか、そのイメージに反応する感性を、いかにターゲットに植えつけていくかだ。思想改造によって動員をうながすという点において、戦時体制と大量消費時代の構造はとても似ている。(p.230~p.231)
残念なことを二つ。一つは、図はたくさんあるのだが、小さくてよく見えないこと。もう一つは、上の引用にもあるが、難しいカタカナ語が多いこと。グライダーこそが軍国少年のアトリビュート(その人物の目印となる持ち物)であったからだ。(p.134) アトリビュート、などという言葉をカッコつきで使う必要があるのだろうか。
といっても、全体的にはとても面白い本です。具体的なことは何も書かなかったので、興味を持った人はぜひ自分で読んでください。

★★★ 死者たちの七日間 余華(ユイ・ホア)
中国人の名前は覚えにくい。現地の音を大切にするなら、漢字を止めるべきではないか。二つが干渉してさらに覚えにくい。なので、主人公と書く。物語は主人公が死んで火葬場(この本では葬儀場)に行くところから始まる。ところが、骨壺と墓がないと火葬してもらえない。死んだけれども火葬してもらえない人たちがいる所、そこがこの物語の舞台である。死んで間もない人は普通の体をしているが、長い人は骨だけになってしまう。この世界の描写もあるが、回想シーンもあり、かなりの部分は現実の世の中のことになる。主人公のことが多く描かれ、彼の周りのことにも言及される。その現実とこの死後の世界があまりにうまく繋がり過ぎているのが作為を感じさせ、虚構を意識させてしまう。徒に伏線を張り過ぎた推理小説のように。書かれている内容は過激である。中国の悪い所を網羅しているのではないか。著者が無事生きていけることを願う。著者の本、「ほんとうの中国の話をしよう」、タイトルだけは聞いたことがあるが、この本を読んで、ほんとうの中国のことが書いてあるのではと思った。いつか読んでみよう。

★★★ 独居老人スタイル 都築響一
タイトル通り、一人暮らし老人の今の生活スタイル、そしてそれに至る生い立ちを取材した本。様々な人生があるものだと驚愕する。庭で首つりパフォーマンスを何十年もやっている人を筆頭に、そこまで過激ではないにしても、並の生活とはかけ離れていて、凄いとは思うが、憧れるとか、自分でやってみたいと思うことはなかった。まあ私は平凡な人間ということだろう。
けつきょく「老いと戦うこと」に意味なんかないのだろう。だれも「死」を出し抜くことはできないのだし。それよりも「世間の思う老いかたと戦うこと」のほうがずっと重要なのだと、僕が会ってきたじいさま・ばあさまたちはみんな、身をもつて教えてくれている気がする。(p.348)
これは著者のあとがきにある言葉、前半には同感ではあるが、後半にはちょっと引っかかる所がある。「戦う」必要があるのか、戦わずして自立すればいいのではないか。
最後に、稲垣足穂について書いてあり、この人も極端ではあるが、面白い内容だった。

★★★★ ボラード病 吉村萬壱
小学校5年生の時のことを30年後に回想しているお話。今これを書いている自分のことは、途中にチラッと、そして最後に少し出てくるが、暗示的ではっきりはしない。
始まりは特に惹き付けられるストーリーではないが、表現が面白く巧みな文章で読ませる。
海塚メモリアルホールでは十組ぐらいの通夜が営(いとな)まれていて、沢山の黒い服がごった返していました。あちこちから啜り泣きや、お経の声や鉦(かね)の音などが湧き上がっていて、時時それらが次第に寄り集まってウワーンという一つの音の塊(かたまり)になっては、またバラバラに砕けていきました。私は、みんなさぞ耳が痛いだろうなと思いました。(p.65)
ボラードという言葉は、半分以上過ぎてから出てくる。
「これだよ」と老人は人差し指を下に向けて、繋船柱を指差しました。錆びた鉄の柱は老人の人差し指のように先端部が折れ曲がり、繋留ロープを絶対に放さないという強い意志に張(みなぎ)っていました。「これの名前を知っているか、というんだ」「知りません」と母が言いました。「これはボラードというのだ。これだけは何があろうと倒れない」 (p.112)
これがこの本のテーマと絡むのは、最後である。
全員が、海塚市民という一つの生命体の一部でした。そうやってみんなが固く結び合い、一塊りになって初めて、我々はこの素晴らしい世界にしがみ付いていられるのだと思いました。私はそこに何の抵抗も感じませんでした。それが世界の秩序を維持するための、最も正当なやり方なのですから。もしそのような紐帯(ちゆうたい)がなければ、私たちは個々バラバラの単子に過ぎませんでしょう? 個々バラバラの存在のまま生きていくことが出来るほど、この世界は生易(なまやさ)しくはない筈です。世界は、絶えずその秩序と美とを更新し続けられなければ、忽ち崩壊してしまう危うく脆(もろ)い理念型に過ぎないのです。病み上がりの私は、そのことを誰よりも分かっていました。「海塚讃歌」 が突然止まりました。(p.157)
なんとなく見えていた東日本大震災との繋がりが次第にはっきりしてくる。しかし、それだけに結びつけると、この作品が小さくなってしまう。その結びつきを切り離す必要はないだろうが、全体に普遍化・一般化がうまく行われていると思う。これは素晴らしい作品だ。
あなた方は私を見ない。見ないけれども、私のような存在に頼っているんじゃないですか。あなた方は嵐の海に翻弄(ほんろう)される船みたいなものです。何の根拠もないでっち上げの世界は今にも崩れそうで、本当は難破しそうになっているんでしょう? あなた方を何とかこの世界に繋ぎ留めているのは、あなた方が必死になって隠そうとしている私たちのような人間の存在なんじゃないんですか? 私にほ根拠があるんだ。どう見たって、あなた方は地に足が着いていないじゃないですか。私はちゃんと大地に足を踏ん張って立ってるんだ。私はボラードですか? どうしてあなた方のために、あなた方の命綱でガチガチに縛られて、こんなところで生き続けていなくてはならないんですか? ひょっとすると海塚だけでなく、この国全体が全てを無かったことと見倣(みな)しているのかも知れませんね。あの規模を考えると、もう世界全体がこの茶番に参画してしまっているかも知れないし。(p.164)
吉村萬壱、ほかの作品も読んでみよう。

★★★ 結婚 橋本治
橋本治は10冊ぐらい読んでいるが、ほとんど前世紀、久し振りです。こんな文章を書いていたのか、と思ってしまったが、それが正しいのかどうかも判らない。読み進むにつれて、こんな感じだったような気がしてきた。何れにしても面白い。心の動きの描写、意識の移ろいの表現が素晴らしい。男が女のことを書いているので、女が読んだらどう思うかは不明ではあるが。多少観念論的になっている所もあるが、現代の結婚について、晩婚・未婚について、かなり正しい分析かもしれない。まあ現実はそう単純なものではないだろうが。
若い時に愛されて愛し合ってしまうと、「結婚とはどういうものか?」を考えずに結婚が出来てしまう。それでいいのかどうかは別にして、結婚というのは中華料理と同じで、強い火力でサッと仕上げなければ簡単に出来上がらないものらしい。そういうものだから、「サッと」の機会を逸してしまうと面倒なことになる。なにしろ、基本ベースが「結婚をしなくても生きて行ける」になっているから、そこで「結婚」を考えると、「なんで私はわざわざ結婚をしようと思うのだろうか?」というところから始めなければならない。そんなことを考えたって結婚が出来るわけでもないので、そんな哲学的な疑問はすっ飛ばしてしまってもかまわないが、「結婚をしなくてもかまわない」になってしまった現代には、「ありきたりの結婚」というものが存在しない――少なくとも、自分の頭で「結婚」を考えざるをえなくなった人間に、「ありきたりの結婚」は存在しない。「自分は、どういう相手とどういう結婚をしたいのか?」を考えなければならない。世に「ありきたりの結婚」が存在していれば、「誰でもいいからさっさと結婚しろ」になつて結婚出来る。それが「不本意」だと気づくのは後になってのことで、その「不本意」を修復するための行為が様々に行われ、そこから「結婚とはカクカクシカジカなるもの」という箴言(しんげん)も数多く生まれる。しかしもう、「ありきたりの結婚」というフォーマットはない。「結婚をしなくても生きて行ける」が実現された社会では、各人各様の個性が野放しにされるから、「ありきたりの結婚」へ行き着けない。「結婚して不本意が現れる」ではなくて、「結婚する前に不本意が現れる」になってしまう。結婚した後の「不本意」なら、修復も可能になる。しかし、結婚前の「不本意」は、結婚自体を成立させない。であるにもかかわらず、現代ではその「不本意」を浮上させがちな、「どんな人と結婚したいのか?」を、まず考えさせられる。「ありきたりの結婚」が存在しなくなった現在では、「結婚」をオーダーメイドで考えなければならない。だから、まず「どんなお相手をお望みですか?」になってしまう。(p.236~p.237)